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佐崎 三郎
佐崎 三郎
novelistID. 27916
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50歳の休日

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「イタリアはローマのある教会に、あの有名な『真実の口』という名所がある。まったく知らない人には説明が必要だが、この「口」を知らないという人はほぼいないような気がするくらい有名である。一度でも見たり聞いたりしたならば決して忘れないインパクトがある。それはわれわれに人間からすると如何にも奇妙なものだからである。その形や見た目の印象が。知らない人には申し訳ないけれども、そういう存在なのである。

いまから10年以上前にわたしはその場へ行き、その観光名所に付きものの「ある行為」をしたことがある。それは敢えてここでは書かないでおくけれども、それよりもわたしは知っている人に訊きたいことがあるのだ。あれは、本当はなんなのか。単純な質問である。想像力で答えて欲しいのだが(その歴史的真相ではなく)、何の意図でああなったのか。なぜそうなったのかという問いである。

さあ、答えは出たであろうか。実は、わたしは少し知っている。知っていて敢えて問うてみた。意識を高めてもらいたいために。ヒントを言えば、あの形。丸く大きなコインのようだ。大きさは直径1mもないだろうが、かなり大きな丸い板状で、厚みもある。それが壁に掛けられたように置かれてある。それは、本当は何に使われていたのか。

それは「マンホール」なのだそうだ。ローマ時代の下水道かなにかの。皆、何かに見えるけれど、その「何か」が分からなかったのではと思う。あれはただああいう物ではないと。それで・・・・」

ここまで書いてわたしはぐっと身を引き、腕を組んでしまった。映画についてのエッセイ募集の公募があったので、ちょっと試しに書いて出してみようと思い、大好きな映画『ローマの休日』について書こうとしたのだ。当たり前のことを書いても箸にも棒にも引っ掛からないだろうと、何か捻ってみようと、「真実の口」について書いてみたのだ。けれど、それがマンホールだったということは面白いのだが、その先この話を続ける構想が思い付かないのだった。

オードリー・ヘップバーンはとてもチャーミングで、こんな子を彼女にできたらいいなと思ったことがある。しかしそれは昔昔に捨てていた。どう考えてもこの世には現れないだろうと。あれから30年、二十歳の頃に思い描いた夢も現実に無残にも潰されたのだった。ああ、こんなことを書いても映画の良さはでないし。一人部屋に転がって、我が人生の臭いの染み込んだ毛布に包まり、天井を見上げた。わたしは子供の頃によく見かけた蓑虫を思い出した。枯れ木にぶらぶらとぶら下がり、風の吹くままに身を任せ、ゆらりゆらりと世の中を眺めている。目を閉じて、いま自分が一本の糸で吊られ、同じように揺れているのを想像した。このまま自分はどうなってしまうのか。揺れていればなんとかなるものなのか。いや無になることが大事なことなのか。空っぽな虫。蓑もない虫。蓑無し虫。清少納言が書いていた。「みのむし、あわれなり」と。ああ、嫌だ嫌だ。

わたしは目を開け、がばっと蓑を破くように毛布を脱ぎ捨て、大の字になった。これからだ、これから再生だ。蓑虫の虫だって成虫になって飛び出す蛾なのだ。とにかく外へと財布をポケットに突っ込んでドアを開けた。長い長い我が「ローマの休日」もそろそろ終わりにしなければ。そう思いながらすたすたと歩くけれど、特に行くあてもなく、自然に足はビデオレンタルショップに向かっていた。いつものように名画コーナーを物色していると、頭の中に響く声がある。ローマの休日、ローマの休日、と。そうかやはりそれしかないか。今日観る自分は今までの自分と違うのだ。正々堂々と手に取り、受付カウンターで受け取ると、暗くなりかけた路を晴れやかな気分で歩いていた。

さて、御祝いだと勝手に盛り上がり、酒でも飲むかとコンビニへと歩いた。経済的な理由で禁酒の日々を過ごしていたけれど、今日だけ、今夜は解禁だ。今日飲まずしていつ飲むのだ。そう言い聞かせ、酒類棚へ行き、とりあえずのビールと赤ワインを買った。外国映画はワインだろう。ローマだし。あいにくイタリアワインは無いけれども、ヨーロッパのくくりがあれば良しだ。さあ、ローマだ、オードリーだ!

結局、この日の出来事をそのまま書いて公募の作品としたのだった。あれからしばらく経つが、もちろん何の音沙汰も無い。すっかりもう忘れてすらいる。でもあのとき、偶然にも蓑虫のことを想ったことは不思議と忘れなかった。木枯らしの中で揺れる蓑虫。この姿は今のわたしにとても安らぎを与えてくれる。毛布で包まり、世を眺めよう。いまの生活はそれでいいのだ。これで。そして想像してみるのだ。「真実の口」の中に手を入れて、嘘をついているかどうかを確かめたい。自分が自分に嘘をついているかどうかを。海神に訊いてみたいのだ。それは自分だけでは分からなくなっているから。

そういうわけで、そんな50歳の「休日」が続いている。蓑をそろそろ破かなければいけないと思うのだった。                                   (了)
作品名:50歳の休日 作家名:佐崎 三郎