アイラブ桐生 第三章 36~38
「最後の部品がまだ未到着だそうだ。
連中のいつもの決まり切った口実だが、覚悟をきめて待つしかない。
車を別の場所に停めるから少し、休んでいてくれ」
橋本さんはそう言うと、積みだし用のプラットホームから
すこし離れた場所へと、10トントラックを移動しました。
休憩所があるので、一緒に行くかと誘われました。
行ってみると、倉庫の大きな庇の下にテーブルがひとつにイスが
10脚ほど置いてあるだけで、ずらりと自動販売機だけが
並んでいるだけの空間でした。
「ちょっと事務所の連中に差し入れに行ってくるから
適当に腰を掛けて待っていてくれ。
すぐに戻る」
橋本さんは、自販機からジュースを5、6本買いこむと、
さきほどの事務所のほうにへ、くわえ煙草で歩いていってしまいました。
「おう、新顔だな、どこの運送屋だ。」
後から自販機へやってきた別の運転手に、背後から声をかけられました。
50歳前後に見える、人のよさそうな肥満にちかい体形です。
「あ、いえ、橋本さんの助手ですが・・・・」
「おう、群馬の橋本か。
その助手がこんな場所に居るということは、
さては、まだほされているんだな~、やっこさん」
どういう意味なのか、よくわかりません。
怪訝そうな顔をしている私を見て、人のよさそうな
運転手が言葉を続けます。
「ここには、
性質の悪いフォークマン(荷物を積みこむフォークリフトの運転手)
がいるんだよ。
袖の下を出せばすぐに積み込むくせに
金を出さない奴には、なんだかんだと理由をつけては、
積み込みを遅らせるという、きわめて汚い野郎だ。
みんな分かってはいるが、此処の正社員なもんで手は出せねえし、
言われるがままに我慢をしてきた。
それをついに、熱血漢の橋本が堪忍袋の緒を切って
こいつと一戦交えちまったという訳だ。
その挙句が、仕打ちともいえるこの報復だ。
悪いのはフォークマンだけじゃねえ、事務所の連中も見て見ぬふりだ。
無理が通れば道理が引っ込むというが、まさに、
此処ではそれがぴったりだ。
一流を標榜する天下の家電メーカーの大手が仕切っている、
流通倉庫だぜ。
風通しが悪いったらありゃしねえぇ、
嫌になるぜ、まったく・・」
その熱血漢が、
この運転手に遠くから手を振りながら戻ってきました。
内緒だぜと、肥満体形が目で合図をしています。
「おう、橋本。
俺は今日は、博多で一泊する予定だが、
そっちはどうだ、博多で一泊ができそうか?」
「やあ。
いつものように、積みこみ待ちで苦戦中だ。
相方のほうも、4か所周りの積み込みで同じく苦戦をしているようだ。
とりあえずは、門司のあたりまで走っておかねえと
あとの予定が苦しくなりそうだ」
「そうか・・・・
じゃあ、今日は一緒に呑めねえな。
また一杯やろうや、そのうちに。
それじゃ先に行くぜ、俺の荷物は終わったもんで。
あばよ、またな。」
「おうっ」
それから待たされること、実に3時間。
ようやく積みこみを終えた10トントラックへ、伝票を持って渋い顔の
橋本さんが戻ってきました
「さんざん待たせておいたあげく
明朝9時に必着と来たもんだ。
門司で、一休みが出来そうも無え。
とりあえず、寝ずの深夜便・オリエンタル特急になりそうだ。
おい、相棒、悪いなあ、そんな次第になっちまった。
夕飯を食ったら本気のひとっ走りをするから、適当に寝てくれ。
後は任せろ!」
さていくぞと、橋本さんが気合をいれています。
なるほど、運転手稼業も楽じゃない・・・
先ほどの肥満体形の運転手が言っていた通り、後方から何台ものトラックの
行列を追い越して、わがもの顔に乗りつけてくるトラックが
目の前についに現れました。
いち早く荷物を積み込みはじめた「袖の下トラック号」なるものを、
横目に見ながら、正直者の「謹慎トラック・橋本号」が
、約4時間遅れで走り始めました。
「あいつが、袖の下か?」
結局 3か所の荷物を積み込むだけで合計8時間が、
かかってしまいました。
昼間の時間帯に働く人たちの仕事は、すでに終っている時間です。
しかし長距離のトラック便は、さまざまな事情をかかえたまま、
この時間帯から走り始めます。
この人たちに眠る時間はあるのでしょうか・・・・
たしかに物流を担う運転手は、実に大変な仕事を担っています。
作品名:アイラブ桐生 第三章 36~38 作家名:落合順平