いちごのショートケーキ 5
「そんなに?私だって失敗もするし、優等生なんかじゃないよ」
「そうだよねぇ。森下さんフルートは上手いけど科学は苦手だし。この前の小テストなんか…」
「キャー言わないで!」
くだらない会話がとても楽しくて、それでも私はその中に高村君がいないことに気付いていた。
「…ちょっと外の空気吸ってくる」
何気なくを装って高村君がその場を去ったがそれは珍しいことではないので私以外、誰も来にかけることはなかった。
止めれば良いのに、知らないふりをすれば良いのに私は彼を追って慌てて外に出た。彼はいつもの屋上にいて、一人フェンスに手を添えてその先の景色を眺めていた。そこでも懲りない私は切ない彼の背中に声をかけた。
「あの、高村…君?」
呼び掛けても気付いた様子は無いので恐る恐る近づいて同じようにフェンスの上から顔を出し景色を見つめた。
「…俺、普通に出来てたかな?」
「……え?」
ポツリと呟く彼にすぐに返答が出来なかった。
「普通に、見えたよ。驚いちゃった」
「そっか。…なら良かった」
「…どうして?」
疑問を声にだしてしまってからはっとした。それは聞いてはいけないような気がしたのに、どうしてか高村君は最初からすごく話しやすくて、普通なら躊躇してしまうようなことも口に出すことが出来た。一方的に自分のことを話したり、話題をするのではなく、賑わっていた集団から何のためらいも無く抜け出してただ近くにいてくれる。最初から隣にいるんじゃなく、手を伸ばせば届く距離でずっと待っててくれる。高村君はそういう人。
「…森下さんはさ、あそこ好きでしょ?」
「うん」
大きく頷くと、高村君は久しぶりに見せる優しい顔で笑った。
「そこが無くなったら困るでしょ?」
「…でも」
今日、音楽室に入って昨日のことは全て夢だったんじゃないかとさえ思った。あの暖かな心地良い場所でずっと、彼への罪悪感を残しながらも時間と共にそれを忘れていくことを望んでいた。
「俺、フルート吹いてる時の森下さんが一番好きなんだ」
無邪気に笑って見せた高村君はまっすぐに私の眼を見つめていて、その眼に捉えられて彼から眼を離せなくなった。
「だから…辞められたら困るんだけど、黙ってもられなくてついぽろっと…」
「…ぽろっと?」
そこまで言うと彼は照れたように笑いながら下を向いて頭をかいた。それは私の見たことのない彼なのに、妙に高村君のような気がした。
作品名:いちごのショートケーキ 5 作家名:日和