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夜空に沈んだカノープス

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2月25日深夜0時。俺は寮のロビーにある自販機でミネラルウォーターを買っていた。ガコンと鈍い音がして落ちたペットボトルを拾い上げると同期の岡田に声をかけられた。


「なんだ裕史、まだ起きてたのか?」

「おう」

「お前明日から乗るんだろ?早く寝といた方がいいんじゃね?」


乗るっていうのはロケットのこと。俺達は宇宙飛行士だから。軟派な見た目に似合わず心配性な岡田は軽い口調とは裏腹に心配そうな表情だった。


「うん。もう寝るところ」

「あ、そうだったんか。悪い悪い」

「いいよ、じゃあ俺もう寝るから」

「ゆっくり寝ろよー」

「おう」


部屋へ戻る道すがら、ペットボトルを開けて水を飲む。ロケットに乗るのは明日が初めてじゃない。ただ、明日は俺にとって特別な日だっていうだけで。


「ヒロ、ヒロ」

「私ね、星を捕りたいの」

「星を捕ったら、私は…」


「はっ」


いつの間にか俺は部屋のドアの前でぼーっと突っ立っていた。スウェットのポケットから鍵を取り出し部屋に入った。


古くさい六畳一間の部屋にある、不自然なほどでかい窓はカーテンを閉めていないが月は見えない。代わりに星が見える。天然のプラネタリウムみたいだ。電気をつけなくても窓際に置いたテーブルは星明かりでぼやっと照らされている。

テーブルの上にはこれまた古くさい本が何冊かと写真立てと、新聞紙でできた紙飛行機。

なんとなく眠れない俺はテーブルにペットボトルを置くと電気を点けずに窓から空を見上げた。




「ヒロ、ヒロ」

「ん?」


コツコツと窓を叩く音と、誰かが俺を呼ぶ声がして俺は顔を上げた。


「凛子」

「ヒロ、模造紙ある?」


呼んでいたのは近所に住んでいる同い年の凛子だった。病弱だった俺は風邪をこじらせて寝込んでいたせいで友人も少なかったのだが凛子は違った。
その彼女はもう夕方になるというのに息を切らせて何か焦っているようだった。俺が窓を開けると凛子は身を乗り出して部屋を探し出した。


「模造紙?何に使うんだよ」

「紙飛行機を作るの!とびきり大きいのをね!今日は流れ星が見えるから飛行機に乗れば落ちてくる星がとれるはずだわ!」

「へ?」

「今日授業で先生が言ってたでしょ!聞いてなかったの?」

「紙飛行機って…凛子、人間が紙飛行機に乗って空を飛べるとか本気で思ってんの?」


俺がちょっとバカにしたように言うと凛子は頬を膨らませた。


「そんなことやってみないとわからないじゃない!ヒロは小さい紙飛行機しか見たことないからそんなことが言えるんでしょ!」

「大きくたって紙は紙だろ?それに流れ星ってそんなに近くまでは落ちてこないんだぞ!星を見るにはロケットに乗らないといけないんだ」

「ロケットなんて折れない…」


憮然と呟く凛子に俺は驚いた。そこは普通宇宙飛行士になるとかじゃねえのか。凛子にそういうと、凛子は声高に言った。


「宇宙飛行士なんて大人がなるんでしょ!私まだ小学二年生だもん!今夜の流れ星には間に合わないよ」

「流れ星なんてまた見れるじゃん」

「今日がいいの!ねえヒロ、紙飛行機折ろうよ。とびきり大きいやつだよ…」





それであの後クソ真面目に凛子とでっかい紙飛行機を折った。模造紙は無かったから、俺の家にあった新聞紙ありったけつなぎ合わせた即席の紙飛行機。
ガキだったから補強とかもよく知らなくて、ぺらぺらとした紙飛行機は凛子が乗った瞬間くしゃっと潰れた。

大変だったのはその後。
星が捕れないって凛子は泣くし紙飛行機はあっさり潰れちまうし。

その内お互いの親父が探しに来て怒鳴られるわで文字通り骨折り損のくたびれもうけ。


「本当に散々だったなァ…」


それでも凛子は星を捕るんだって騒いでた。周りは呆れてたけど俺はなんとなくほっておけなかった。


「なんでそんなに星を捕りたいんだよ」

「ひみつ!ヒロには教えなーい」

「は?」

「星を捕ったら、何に入れればいいのかなあ…」


あの時の凛子の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。それはあの時から幼心に凛子が好きだったからだと思う。それに気付いたのは随分後のことだったけれど。


それから間もなくして、凛子の時間は止まった。

俺達が初めて紙飛行機を折った時から数えて二回目の冬だった。それが今日。2月25日。
たまたま俺は風邪で寝込んでて、知らなかったんだ。その日が流れ星が見える日だっていうのを。

凛子は1人で山へ行ってそのまま帰らなかった。次の日の朝も、昼も、夜も。

風邪なんか気にしないで俺も着いていけば良かったと、何度となく後悔した。
自分が憎くて、悔しくて、何年も経ってから事実を聞かされてもっとやるせなくて。
俺は凛子の代わりに星を捕ってやると誓った。



「凛子、裕史君に元気になってもらいたくて星を捕るんだって言ってたのよ」


俺のせいでごめん。俺はもう元気だから。元気だから、もう大丈夫だと言いたくて、この想いを伝えたくて、ロケットに乗り星を捕る。星を捕ったらすぐに凛子に見せにいけるように、紙飛行機を折る。


「……ばかだなあ」


こんなもん折ったって、あんなもんに乗ったって凛子に会えるはずないっていうのは初めからわかってたこと。


「こんなちっせえ飛行機じゃ俺はもう乗れないよなァ。
俺はどうやったらお前のとこに行けるんだ……凛子」


それでも俺は紙飛行機を折るし、ロケットに乗る。
開け放した窓から紙飛行機を放れば、凛子の声が聞こえた気がした。



―――ねえヒロ、紙飛行機折ろうよ。とびきり大きいやつだよ…―――
作品名:夜空に沈んだカノープス 作家名:中川環