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カノン

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 放課後の音楽室に人影を見つけたのは、初めてのことだった。音楽室は、校舎とは別棟の、特別棟の最上階にひっそりと存在している。うちの高校には吹奏楽部も合唱部もないし、僕が所属している音楽部も廃部寸前で、部員は実質僕だけ。だから放課後の音楽室に立ち寄る生徒は僕以外にはいない。
 音楽室の引き戸をそっと開けると、耳に飛び込んできたのはギターの音色だった。授業でしか使われることのないクラシックギターは弦も滅多に取り替えられないらしく、まともに鳴るのは数台しかないはずだ。
 彼はこちらに背を向けて、そんなクラシックギターを爪弾いていた。僕はその少し猫背ぎみの背中を呆然と見つめていた。音楽室に先客がいたのは初めてで驚いた、ということもある。しかし何より生徒の奏でる音に聞き入ってしまった。その柔らかい音色は日当たりのいい音楽室に柔らかく満ちていた。太陽の光に透けてキラキラ光る茶色の髪。そこから覗くピアスに見覚えがある、気がする。
 戸を閉めようとして、ガタンと音を立ててしまった。彼が手を止めて振り向く。視線が合う。
「あっ……」
 そこで気がついた。見覚えがあるも何も、同じクラスの生徒だ。けれど話したことは全くない。名前すら咄嗟に出てこなかった。
 僕は何故か悪いことをしていたのがバレたような心地で、うろうろと視線をさ迷わせた。彼はスッと立ち上がると教室の隅にギターを戻し、黙って僕の方へと歩み寄ってきた。咄嗟に僕は一歩後ずさった。彼は僕に見向きもせず、僕の横をすり抜けて音楽室を出ていこうとする。
「ま、待って!」
 僕は咄嗟にその背中に呼び掛けた。
「また来ていいから!」
 彼は一瞬立ち止まる素振りを見せたけれど、結局振り向かずに行ってしまった。
 その背中を呆然と見送った後、音楽室に入り扉を閉めた。そして漸く僕の定位置である、ピアノの前に腰を下ろす。あの明るい茶髪とピアスの生徒の名前を思い出そうとして首を捻った。目立つ容姿をしているから外見は覚えているけれど、彼はあまり学校に来ない。今日だって授業には出ていなかったはず……どうして音楽室に?
 そんなこと、考えても無駄だろう。僕は鞄から楽譜を引っ張り出して立て掛けた。椅子の高さを少し調節して、ピアノに向き直る。
 放課後、音楽室にピアノを弾きに来ることが僕の日課だった。今練習している曲はカノン。ピアノが好きだった母さんが、僕が幼い頃によく弾いていた曲だ。
 集中しようとしたけれど、さっきの生徒のことが気になってあまり練習にならなかった。
 彼がさっき爪弾いていたカノンが、僕の耳にこびりついて離れなかった。
作品名:カノン 作家名:タカノ