しあわせの音
しあわせの音
船越毅は独り暮らしをしている。だが、彼は二十九歳のときに職場結婚をしたことがある。相手は美奈という名前の、気さくで明るい性格の女性だった。彼らは職場の仲間たちに祝福され、幸福な結婚生活をスタートさせた。
彼女は料理が驚く程上手だった。また、話上手でもあった。家事をてきぱきとこなし、多趣味だった。行動的でテニスが上手だった。そして、美奈のピアノの演奏は素晴らしいものだった。更に、彼女は油絵も描き、その絵は見事だった。船越は油絵を彼女から教えてもらった。彼の最愛の妻は、結婚してみると想像以上に素晴らしい女性だった。
だが、結婚して僅か三箇月後に、若い妻は交通事故で亡くなった。運転が上手なので船越は心配していなかったのだが、信号無視のトラックに真横から衝突され、妻の車は横転し、大破した。即死だった。
船越が勤める会社が倒産したのは、その二年後のことだった。その直後、彼はタクシーの乗務員になった。半年余りも前だったろうか、彼は三十歳の新人乗務員を初めて同乗指導することになった。教える相手は何と女性だった。新しい制服の彼女は初々しく、なかなかの美人で、船越の心は珍しく浮き立った。それを隠すように、わざと不機嫌そうな顔で運転免許証の提示を求めた。