不審火は不知火
悪口ばっかり言われながらも、彼はしぶしぶついていくほかないと悟る。
それは、いつもそうだ。
弱気だから、女子には使いっ走りにされ、体育会系の男子にはコマにされ、文化系の男子には見世物や玩具にされる。心を許せる友人なんて一人しかいない。
そして今回の場合のように、怖がる様子をみるという場合は、体育会系の男たちでも見世物として連れてきているのだ。
「てめえの荷物持ってやったんだよ、なあ、わかってんのか?こっちがよぉ、おまえがもつべきよぉ、旅行のお供の菓子をなぁっ」
「そうだぞてめえ、自分が持ってきてないものだからって持てないとか不抜けたこと言ってんじゃねえぞ」
「…は、はい、ごめんなさい」
「謝って済むなら…って知ってるかお前」
「続き知ってるかよ」
「…警察は、いらない…」
「そうだよバカタレ」
温泉宿の温泉を満喫する、というほどは満喫しなかった。はっきり言ってそこにどんな薬事効果があるかとか、どんな歴史があるかとか、そんなことはどうでもよかった。本当にどうでもよかった。
卓球でくたくたになり気弱な青年は再び温泉に入り直され(臭くなるから、という理由で)、夕食も美味しい部分は他の連中に取られ、そして迎えたくもない夜を迎えた。
「いっとくがお前がどんな何かをいってもぜってぇ聞かねえからな。おとなしく黙っていたほうがいいぜ」
「うるせえだけなのはごめんだからな」
「うるさければうるさいだけ殴るし蹴るぞ」
「わかったらほれ先頭行けよこら」
しぶしぶ歩き出すが足がもつれ、そのたびにどやされる。どやされながらまたよろよろ歩き、ついには山小屋に着いてしまった。
「ここかぁっ」
「なんだかんだ言って来れたな。死ぬってのは嘘じゃねえの?」
「このバカが死なねんなら死なねぇよ」
「…つーかこのバカ試しにライターで燃やしてみっか」
「…えっ?」
うろたえる青年に彼らはようしゃなく火をつける。
「試すために連れてきたんだよ。仮に嘘でもそういう場所だから気づかれないだろうしなぁ」
「…っ…ぁっ…」
「…ちぇっ、火柱起こんねえなぁ」
「まったくだ。外れか今日は」
どっちみち外れじゃないか。
こんなことなら、どうせなら意味づけがほしい。
意味づけが…。
「って、おい」
「まさか火柱が」
「本当だったんだな」
「こいついらなかったな」
笑いながら振り返る。
その笑みは一瞬で消え失せる。
「…ちょっと、でかすぎないか」
「やべえ、あっちからもこっちからも」
「囲まれちまった」
「こんな炎の壁…超えられるわけが…」
<Last Scene>
坊主が歩く。後ろには弟子が付いている。
「それは、本当なのかい」
「はい、和尚様。俗世にいた時の友人はここに来た後、焼死しました。彼が周りからバカにされていたというのは聞いております。そのために連れていかれたのでしょう」
「噂を確かめるためか…その人達も巻き込まれたのは何らかの縁かねえ」
「さて…ただ、火柱が起こるというのは今までも報告されているといいます。温泉地がそのせいで風評被害を大きく被っていると」
「困りはてたものだ。温泉地としてゆったりつかれる場所を、そのような悪しき噂がうずめてしまうなど」
散々歩いてついた山小屋。
正直弟子は怒っていた。
なんで彼まで焼け死ななきゃいけなかったんだろう?焼け死ぬべきものだけが死んで、それでチャラ、とはどうしてならなかったのか?
「…ほう」
和尚は冷静に眺める。
「これが、君のいう火柱の壁かね」
「…なぜ、こんなことが」
「慌ててはいけない」
和尚はゆったりたしなめる。
「修行者たるもの、落ち着かねばならないよ」
「しかし」
「気持ちはわかるが…どうやら心に隙間があると呼び寄せるみたいだね」
「はい?」
和尚は弟子の言葉に答えず、小屋を見つめる。
「怒りたいことがあってここに来たが自分を焼いても死に切れず他の負の心も燃やそうとする…そんな感じではないかな」
「はい?」
「この山に前に来た客にどんな方がいたかは知らないけれどね、山小屋が焼けることなんて普通はないんだよ。人が普通に立ち入りそうな整備された山で山火事が起こることも稀だしね」
仏門に帰依しながら科学的なことをいう和尚に少し驚く。
「そうしたら、人災以外にない」
「…それで、放火とかは考えなかったのですか」
「ここに人を連れてくるのは疲れるし、整備された温泉街ならば運んでいたら気づかれるものだろう。愉快犯もここまではしないさ。愉快犯なら山でなくて都を焼くだろう」
「だから…焼身自殺だ、と」
「そうさ」
走行話す間にも火柱は立ち上り迫る。
「…もう、苦しまなくてもいいのではないですか」
和尚は山小屋に向かって話しかける。
「あの世で仏様も待っておられますよ。ここにいるより過ごしやすいことでしょう」
和尚が微笑むと、火が少しづつ弱まった。
そして、ふっと消えた。
「…これでいい」
「さすがですね、和尚様」
「なに、大したことではないさ。その心を利用されたり弄ばれるような苦しみに比べたらね。…ところで君、真夜中でも温泉は入れるのかな」
「流石に空いてないみたいですよ。少し仮眠をとって、朝に入りませんか?」