Mere Prologue
「いつまでたってるつもりなのよ」
後ろから、少女が声をかけてくる。本当にデリカシーのないやつだ。ここで、何か俺にできるのか?復興作業をしようと思おうが、もうこの村の住民で残ったのは俺とこいつだけなのだから。たまたま、外に遊びに出かけていたのが、理由だった。
こういう日ほど月はむしろきれいに見える。丸い、丸い、コンパスで描かれてその内を黄色で染めて。全てが黄金に見える。俺は届かない栄光をただ指をくわえてみるしかないというのか。
「…歩けるか」
「歩けるけど歩けない」
「どういう意味だよ」
「男がずっと悲しんでんじゃないでしょうに。いつ私は悲しめばいいの?」
「…ったく…背負ってやるよ」
何でこいつは全く考えてくれないんだろ…俺だってお前の立場だったら泣きたいし喚きたいし駄々こねたいんだよ。どうしたらこの少女はわがままでなくなるだろうか。まあ、こいつをそれでもほっとけない理由はあるといえばあるから…仕方ないかな。
黒い闇の中で、町はただ寂れていく様子を見せる。ここにあったんだな…ここで俺たちは遊んだな…ここはよく俺たちがつまみ食いして怒られたところだな…ここで、あのおじさんにいつも怒られたな…ここで、じいさんに面白い話を聞いたな…。
そういえば、あの爺さんは長老だったな。あの爺さんはいつか言っていたな。
「流れ星が光る夜空を見上げても奇跡は起こせないけど、旅立つ者だけに女神が微笑んで祝福を授けてくれる」
旅か…ここでずっと立ちつくしたところで、俺もこいつも死んでしまうだろう。だったら動くべきなのか?だが。動けない…どうしてこの地を離れることができようか。この、とても空気のよく、平和だったこの地を。俺だけでなく、こいつも絶対そう思うであろう。
「ここを…動くなんて」
「わかってるっつーの」
だが、駄々をこねながら、こいつは自覚している。
誰も助けてくれない。
闇の中、俺はとりあえず寝ることにする。といっても、寝るための場所も雨露をしのぐ場所もない。仕方ないから、そこらに散らばった板っきれを集めて、それをコテージ上にしてその中に、ベッドだったらしきものを持ってきて、寝る。俺はこいつをとりあえず抱きよせて、眠る。まだ夏になりきっていない気候は、少し寒く、風が吹くたびに彼女は震える。眠れない。二人とも眠れない。
ずっと横になりながら、二人して空を見ている。ふと、流れ星が空を飛ぶ。ところがその星はなぜか大きく、大きく、明らかに大きな丸になっていくのだ。そしていきなり空が白一面に染まり、そこに二人の、白い姿をした人が浮かんでいる。恐らく天使かなんかの類なのだろう。そんなものが見えるということは俺たちはもう死ぬ運命なのか。せめてこいつは天国におくってくれ。
「何ふざけたことを考えているのです」
ふざけてなんかいない。だっておかしいだろう、明らかに。白い空に白い二人の天使。死んでいる以外何を考える。
「…厳密に言うと、私たち、天使じゃありません」
「じゃあ、何だ」
「…何とも言えませんね。妖精と神がくっついたものとでもいえばいいですか」
「天使じゃねえか」
「…そうですね」
そうですね、って馬鹿か。人知を超えた存在がボケかますなよ。
「…あなたたちここを去らないつもりですか」
「…それがどうしたんだ」
「いや…別に…どうだっていいのですよ。丁度人が多くなりすぎていたから、悪がこの地を滅ぼそうとも、もう人間というものに飽きてしまったし」
「なんだそりゃ、本当に創造主かよ」
「じゃあ創造主に反抗する民を、あなたが神なら許せますか?」
「…あんたこいつよりわがままだな」
基準にされたこいつは少し怒った顔をする。
「いやですか?人間が死滅するのは」
「いやじゃなかったらさっきまで泣いてねえっつーの」
「じゃあ、戦う意思ぐらい見せてください」
この天使は何なんだ。厭味ったらしいことを。
「ここを滅ぼした悪の存在…Φ…。それをあなたが滅ぼしに行き、達成すれば、そうですね…私も人間の掃除をやめましょう」
「ちゃんと確約できるんだろうな」
「大丈夫。嘘ついたら、私の上司に怒られます」
「ずいぶんリアルだな」
「まあ、そこは御愛嬌」
先ほどからしゃべっていないこいつは、ここでやっと口を開く。
「もしかして、この人ができなかったら」
「Φに加担します」
「…神って困難なんだ…でも、この人に悪を滅ぼせるとあなたは思っているのですか」
「正直少年が旅してようと、きっといつかは死んでしまうでしょう」
「ふざけたこといわないでください」
さっきよりキレてる。
「私は彼にそんな危険な旅には出すことはできません」
お前保護者か、と言いたくなる様な言葉だ。だが、確かにこの使命はきついな。
「そうですか…残念ですねぇ…この使命をクリアすればこの村の住民を全員蘇生させてあげようと思ったのに」
「先に言え」
なんだこの天使は。ある意味でそのΦとかいうやつよりひどい野郎だな。
「いきますか」
「いくよ」
「分かりました。では私はここで」
そう言って、一人の天使は去っていく。もう一人はそういえばまったくしゃべっていないな。結局黙ってどっかいってしまったが。
「…何の加護もくれないのっ!?この人以外に貧弱なのにっ」
ひどい言い草だな。
「じゃあ、そういうことで、俺は行く」
「ちょっと待ちなさい」
「なんでだよ」
「まさか私をおいて行くつもり」
「当たり前だ。お荷物になるだろうが」
「ふざけないでよっ、そんなおいしいところだけ持っていこうなんて」
「…お前が死んだら、俺は死ぬっていうこと、お前忘れてないか」
「…」
いつしかかけられた、謎の呪術師による呪文。それを解く呪文は存在しえない、といわれ、俺たちは一心同体となることをいわば強制的に命ぜられた運命なのだ。なんでそうなったのか、俺たち自身は知らないのだが。とにかく俺としては、このピーチクパーチク叫ぶ女と精子をともにするのは嫌なのだが。
「…じゃあ、私はいきなり死ぬの?」
「へ」
「そういうことになるじゃない」
「…まさかお前」
「死ぬタイミングぐらい知りたいわよ」
「…お前なあ…やっぱり馬鹿だ」
「馬鹿じゃない」
「はいはいそうですか。…たく、せめて足手まといになるんじゃない」
「何よ、ちょっと心配してやったら図に乗って!別に婚約が確約されたわけじゃないんだからね!命の保証だけよ!」
Φという悪はどの大地に眠りこけてやがるのだろう。それはそもそも人間なのか?それとも違うのか。分からないが、ただわかるのはこのプリズムの虚構はもう壊して先に進まなくてはならない、ということ。虚空の世界だ、ここは。もう、存在しないぬくもりに埋まっている場合じゃない。
「行こうか」
「うん」
輝く星座がささやきながら歌うガラスの歌を、聴きながら。
作品名:Mere Prologue 作家名:フレンドボーイ42