ナマステ!~インド放浪記
列車に乗って、景色を眺めながらの3時間半。ようやく私たちはジャムシェドプ
ルの駅に到着しました。駅名は忘れてしまいましたが、ジャムシェドプルという
名前の駅ではなかったと思います。
出発前にベンガルさんがホテルから運転手付きのレンタカーを手配してくれてい
ました。インドの道路事情は劣悪で、市街地は車も多く、運転マナーは最悪、と
ても日本人が運転できるものではありません。やたらクラクションを鳴らし、
「クラクションで会話する」と言われるほど騒々しいものです。
駅に着き、列車を降りると、一人の男が近づいてきました。ベンガルさんと何か
会話すると、その男は小走りに居なくなり、どこからか3人のポーターを連れて
きました。彼らに荷物を任せ、手ぶらになった一行は、最初に来た男の後ろを付
いて行きました。
男は白いオンボロのワゴン車の前で立ち止まりました。そのワゴン車はところど
ころ錆が浮いていて、車体はボコボコ、サイドミラーはなくなっていました。
(こんな車でも走っているんだなぁ。)
と感心していると、その男はオンボロワゴン車のトランクを開け、私たちの荷物
を放り込み出したのです。そう、この人こそお抱え運転手のハマヌンさん(通称
ハマちゃん)でした。風貌は典型的なインド人で、真っ黒い髪に浅黒い肌、口ひ
げを生やし、まつ毛の長い黒い瞳。一見、怖そうに見えますが、実はとってもま
じめでやさしい人です。
彼が言うには、予定していた車が故障して修理中なので、今日は自分の自家用車
で案内すると言う事です。インドで自家用車を持つと言う事は、それなりのステ
ータスで、彼はとても誇らしげにその事を話していました。しかし、見るからに
オンボロで、「本当に動くのだろうか?」と心配になる程の代物です。彼が勤め
る会社から、廃車寸前のこの車を勤続の長いハマちゃんに功労賞として授与され
たとの事。
(捨ててくれって事なんじゃないの?)
日本の廃車置場にある車の方がもっと立派です。
・・とっても不安になりました。
荷物を積み終わり、ポーターにチップを渡して、車に乗り込みました。日本のビ
ジネスマナーに則り、一番若いベンガルさんが助手席、私とゴリさんが後部座席
に座りました。座席はガタガタで薄汚く、シートベルトなどどこにもありません。
例によって、ゴリさんの「お清めの儀式」が始まりました。とりあえず、わたし
もゴリさんの儀式に強制参加させられ、「おしりなっぷ」でゴシゴシと全ての座
席を拭いて回りました。
ハマちゃんが、「日本人はきれい好きですねぇ」と言うような事を英語で言いま
した。とても訛りが強く、良く聞き取れませんでしたが、そんな事を言ったのだ
と思います。
(いやいや、顔に似合わず神経質なのはゴリさんだけですから・・・・)
気温43度の炎天下、車をきれいにする作業で、もう汗だくです。早く車に乗っ
てクーラーで涼みたいと、うらめしく、ゴリさんの後姿を眺めておりました。
ようやく、一連の儀式が終わり、それぞれの座席に座った私たちは、ハマちゃん
の運転で、ジャムシェドプルにある訪問先の工場へと向かう事になりました。
工場へは、ここから30分。午後3時頃には到着できそうです。
ハマちゃんの様子が変です。なにやら、ごそごそとハンドルの横を窺っています。
キーを差込み、回しても車のエンジンはうんともすんとも言いません。私の不安
は的中しました。ハマちゃんは車を降り、ボンネットを開けてごそごそとやり始
めました。太陽の直射日光を浴び、車の中はとんでもない事になり始めています。
「まぁ、良くある事ですよ。 気長に行きましょう。」
ベンガルさんが言いました。
ゴリさんが鞄の中から、「おしりなっぷ」を取り出し、私とベンガルさんに1枚
ずつ渡しました。
「これで、顔と首筋を拭け。すこしは涼しくなるから。」
半信半疑で、私はもらった「おしりなっぷ」で顔、首筋を拭きました。含まれて
いるアルコールが揮発し、かなり涼しく爽快になります。さらに、もらった扇子
で扇ぐとクーラー並みの涼しさを感じることが出来ました。
お尻拭き用のナプキンで一心不乱に顔を拭く3人組・・・
冷静に見るとかなり滑稽な光景ではあります。
しかし、
「へー、これはいいですねぇ。」
ベンガルさんもご満悦です。
いつも、ゴリさんのうざったい儀式に使われる「おしりなっぷ」を憎憎しく思っ
ていた私ですが、この時ばかりは感謝感激雨あられ・・・本日2回目の「ナマス
テ」を心の中でつぶやいたのでした。
車はなかなか直らず、車の窓を開けていると、乞食のみなさんが集まって来まし
た。まるで、ゾンビのように窓から「マネー、マネー」と手を伸ばしてきます。
(・・・怖っ!)
私は急いで車の窓を閉めました。全部閉めると暑いので、少しだけ開けて置きま
した。一人の少女が丸い蓋のついた藁かごを持ってやってきました。窓越しにな
にやら話していますが、何を言っているのかはわかりません。何かを言っては、
両手を合わせ一礼。また何かを言っては両手を合わせ一礼。
・・・意味が分りません。
少女が藁かごの蓋を開け、中に腕を突っ込んでごそごそやり始めました。そして、
引き上げた彼女の手に握られていたのは、小さな蛇でした。もちろん生きていま
す。あろうことか、彼女はその蛇を窓の隙間からこちらへ入れて来たのでした。
チョロチョロと下を出しながら、その蛇は頭を私の鼻先にもたげました。
「ギヤーー!」
耳をつんざく悲鳴!
反対側からでした。振り返ると、あのクールなゴリさんがパニクって居るではあ
りませんか!
「おい、それ、何とかしろ! 何とかしろーーーーーー!」
蛇といっても赤ちゃん蛇です。大自然の山の中で暮らした、田舎者の私にとって
は、何のことはない、かわいいもんです。
それにしても、ゴリさんの反応はおもしろい!
私は、その蛇を受け取り、ゴリさんの方へ放ってあげました。
「イヤーーーーーン!」
まるで、歌舞伎町にいる、その筋のお姉さまの様な野太い金切り声を上げ、ゴリ
さんは反対側のドアを開けて転がり出てしまいました。
反対側から見ていた、少女と私は思わず笑ってしまいました。
私は窓を開け、蛇の赤ちゃんを少女へ返し、チップを10ルピー上げました。
「蛇はもらえないけど、たのしかったよ。」と言って。
少女は嬉しそうに、「ナマステ」と手を合わせていなくなりました。
ゴリさんが、決まりが悪そうにお尻についた埃を払いながら戻ってきて言いました。
「おい、殺す気か。俺はヘビだけはダメなんだ。覚えとけ。」
(弱点見つけたり!!・・・ケケケ、絶対忘れませんぜ、旦那。)
「ギュギュギュギューン、プルンブルンブルン・・・・」
ハマちゃんの必死の努力が実り、やっとの事で出発です。このアクシデントで30
分の時間ロスです。まぁそれでもインド人はぜんぜん気にしません。
さぁ、レッツゴー!
今日は、関係者への挨拶回りと、工場の視察だけです。
はやく仕事を終えて、おいしいビールを飲みましょ〜。
作品名:ナマステ!~インド放浪記 作家名:ohmysky