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あまい、あまい。

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「ふぁあ……」
 退屈そうにため息を漏らしながら隣の席の奴は気怠げに全く授業に関係のなさそうな本のページを繰っていた。
 手足はすらりとしておりモデル体型で、それなりの格好をすれば美形に思われる事間違い無しなのだろうけど、誰も寄せ付けようとしない雰囲気が全てを台無しにしていると昼食をとっていたクラスの女達が言っていたのを思い出した。
「おい、西城」
 集中しているか無視を決め込んでいるのだか反応を示そうともしない彼の注意をこちらに向けさせろ、と命じられ仕方なしに隣の席にいる西城の肩をつついて、俺を見たのを確認してから教壇にいる教師を指せば理解したかのように頷いた。
「どうもありがとう……鈴木だっけ」
「鈴木じゃない鈴本だ」
 そう切り返せば、そう? と不思議そうに来師は呟いていた。
「おい。まだ授業中だぞ……全く。まぁいいか、解いてみろ西城」
 俺と二人でしていた漫才を止めさせようとか先生は黒板にチョークを砕く勢いで書いてある問題を叩き、授業中である事を強調している。けれど西城はそれを知ってか知らずか、貶すような冷たい目で先生と黒板を凝視した後にすらすらと答えを言い始めた。
 理解のし難い数列を教科書を読むようにいうものだが決して教科書を見ている訳ではなくて暗記を辿って言ってるんだ、と席替えではじめて隣になった今日の一限目に授業で寝たり違う事をしたりする西城を妨害してやろうと話しかけまくった時に迷惑そうにしながらも話してくれたのを思い出す。そもそも教科書類は学校に一切持ってきていないらしく、授業は全て記憶を頼りに受けている事も言っており、病的に思ったのも鮮明に覚えていた。
 言い切り、答えが当たっている旨を先生が言った途端、今度はなにを言われても無視を決め込むつもりなのか突っ伏して寝息をたてはじめてしまい怒りを通り越して呆れたのか先生は西城を無視して話を早口で喋り始めた。どうやら西城で費やしてしまった時間を取り戻そうとするかのように。
 それが西城歩への印象である。



「なぁお前、昼はいつ食べるのか?」
 チャイムが音をたて、煩かったのかむくっと起き上がった西城に問い掛ければ考えてるのか一定の間が空いた後に、小さな菓子パンとペットボトルを鞄から出した。
「……ところでそんな少しで足りるんか?」
 午前に組まれているカリキュラムを終え今から昼食で思い思いの生徒と机をつけ並べたり、購買部や食堂へ買いに走る生徒がいたりとがやがやとした教室の中で訊くと西城は改めて考え直した後にどこかばつが悪そうに否定した。
「よし、飯分けてやるから勉強教えろ」
「勉強? どうして鈴木に教えるの」
 前髪を指で弄びながら首を傾げ、理解出来ないと目視出来ない瞳が訴えていた。その見下されたような態度に腹が立つもののなにを言っても聞かないのは授業中の教師とのやりとりからも容易に想像できてしまう。
「俺には大問題だから、じゃ駄目か? そして鈴木じゃない鈴本だ」
「……別に構わないけど。ねぇ、ご飯の中身なに?」
 面倒なのかなんなのか鈴木と鈴本の件を完全に無視した返答をされた。勉強を教わるのが第一の目的だったとは言えいい加減に名前を覚えてほしい、数多の単語やら公式は覚えているのに名前が覚えられないのもふざけているとしか思えなくなってきた。
「……貰う分際で偉そうに。因みに聞くがなにが入ってて欲しいんだ」
「甘い、卵焼き」
 思わず笑ってしまった。脳内あだ名眠り猫、授業で口を開けば学業的意味で完璧な西城が庶民的な料理がここまで好きだとは思いも寄らなかったのだ。
「なんで、そこまで笑うのさ」
「いや、なんでもない。……ほら、食いたいだけ食べろ」
「そんな事言ったら、全部食べるよ」
「待て。そしたら俺が食う分が無くなる」
 小さく笑いながら西城は俺の箸で俺のおかずを突っつき始めた。それっていけない事ではないのかと思いつつ、机に突っ伏して食い様と残骸になっていく食料を眺める。
「あ、そうだね……そしたとしても君なら大丈夫」
「だーめーだ。せめて半分は残せ」
「さっきは食えって言ったのに今は食うなと言ったり、いかに馬鹿かが滲み出てきてる」
 最後にとって置いたらしい卵焼きを口に含んだ直後、口元を抑えて俯いてしまった。
「おい、西城。どうしたんだ?」
「この卵焼き…………甘くない」
 甘くないなんて外道だ、と人の料理にぶつくさ言いたいだけ苦情を連ねた西城は箸を止め弁当箱と共に俺の前へと移動させた。
「卵焼き、ってのはだし巻きに限る」
 来師が食べ残した卵焼きを口に含んで咀嚼すれば素朴な味が口いっぱいに広がった。
「だし巻きなんか、邪道にも程があるよ。これは甘くてなんぼのものだ」
 今度は俺が食べているの横で持参したらしい袋を開けてちぎりながら上品にパンを咀嚼した後に異論は受け付けないといったような口調で来師は言ってのけた。
 相変わらず他人を見下すような視線をしているものの雰囲気はいくらか和らいで、知り合いから言われ続けていた冷たいと云う印象が薄まった西城は非常に面白い奴で笑いそうになってしまったが、そんな事をしたら貶されるのは目に見えているし口へ弁当の中身を多量に放り込む事で誤魔化した。
「なんで無視するのかな」
「……ん、あぁ。申し訳ない」
「先に話しかけたのは鈴木なんだから話を提供しなくちゃだめだろ」
 言い切れば興味を失せたというように本を取り出してまた活字を読み解き始めた。
 案外、おもしろい奴。それが俺の中での印象になりつつあった。
作品名:あまい、あまい。 作家名:榛☻荊