店内のそば
俺が店に入るときなんか、全然風なんかなかったのに。
こんな冬に台風でも来てるのか。
寒いどころではないだろう外を眺めていると、人が歩いているのが見えた。しかも女だ。黒いタイツを覆った足が寒々しい。茶髪の長いストレートな髪が、怒り狂ったように散っている。
勇者か。彼氏にでも送ってもらえばいいのに。
お茶をずずっと音を立てて吸い込むと、濃い赤のスカートがひるがえったのが湯呑みの向こうに見えた。慌てて湯呑みを口から離したが、もう白い手がスカートを押さえつけていた。
しまった。茶なんて後から飲めばよかった。
後悔したが、例の女はもう窓から見えなくなった。次に着たのは灰色のスーツにコートを羽織ったサラリーマンで、興味は完全に失せた。何の面白味もない。ただ、強風にあおられて、歩くのは大変そうだ。よくさっきの女はハイヒールで歩けたものだ。
まだ昼休憩の時間もあるし、風がもう少しおさまるまでここにいよう。寒くて風が強いなんて、やってられない。
しばらくそばをゆっくりすすることに夢中になっていると、窓のガラスに白い粒がくっついた。
何だ?
外を見ると、雪が降っていた。ロマンチックにちらちらと降っているのではない。量は少ないが、風に乗って残像が見えるほどのスピードで降っていた。窓から見える道行く人は皆、傘を差したりコートを抑えたり、苦労しているようである。
そういえば、最初に見た女、傘持ってなかったな。
凍えそうな外を、温かいそばを食べながら温かい店内から眺める。いい気分だ、と思ってふふんと鼻息をはき出した。