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ただ書く人
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浮いている男

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 わたしの自宅の最寄り駅から電車で約三十分ほどの郊外の駅、わたしに声をかけた友人もTもこの近辺に住んでいるらしかった。駅を出ると商業ビルが並び、思ったよりも栄えた街だった。その商業ビルのひとつ、居酒屋が数店舗入っているビルの下にいくと、先にふたりの友人が待っていた。ひとりはわたしを誘った友人だ。彼がTには場所を伝えてあるというので、わたしたちは再会の挨拶を簡単に済ませて先に居酒屋に入り、ビールを三つ注文した。
 今は何をしているのか、などと近況を話していると、注文したビールがわたしたちの席に届く前にTが到着した。
「久しぶり」と笑顔を浮かべるT。
大学を卒業してから約十年。計算通りならば、あの頃より五センチメートルほど高く浮いているのだろうと思っていたが、彼は学生時代と変わらない高さに浮いていた。
 そして、Tの隣にはわたしたちと同年代の女がいて、その女の手には、三、四歳の女の子の手が握られていた。
「悪いな。連れてきちゃったよ。嫁と娘です」Tは笑顔のままそう言った。
そうだろうとは思ったが、いつの間に結婚していたのだ。
「久しぶり。覚えているかな」とTの妻がわたしたちに小さく手を振り、わたしはようやく彼女が学生時代の友人のひとりであることがわかった。
 わたしたちが先に注文したビールを持ってきた店員にT夫妻の酒と娘のジュースを注文し、いつ結婚したのか仕事は何をしているのか、とわたしはTに質問を重ねた。T夫妻は大学を卒業してからもずっと縁があり、たまにふたりで会うような間柄だったそうだ。それがいつの間にか恋仲になり、五年ほど前に結婚したらしい。Tの娘は三歳だった。
「女の子だったら遺伝して欲しくないと言っていたが、遺伝はしなかったようだな」わたしはその娘を見ながらTに言った。
「ああ、よかったよ。女の子は浮かない方がかわいいだろう」と言ってTは娘の頭を撫でた。
「まあな。Tはもっと高く浮いていると思ったが、変わらないな」
「さすがに成長期も終わったしな」
 成長期。確かに彼はそう言った。年々高くなっていると聞いていたが、Tの“見えない足”は成長をしていただけだったのか。未知の力も「成長」というありきたりな現象、言葉が適用されるものだったのか。
 Tは今、食品メーカーに営業として勤めているという。わたしたちと同じように働き、わたしも未経験の結婚をして、こどもを育てている。
 わたしの大学時代の友人であるTは、ただ浮いているというだけの普通の男だ。
作品名:浮いている男 作家名:ただ書く人