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「たまには、こういうのも」

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――キスされる。

 スピカはそう思った。唐突に、彼のひんやりした指が自分の顔を動かしたからだ。光を透さないクッキーブラウンの瞳は、いたずらっぽく光っていた。

「何だい? イワ―─」

 スピカの視線はすっかりパニック状態に陥っている。ただでさえ、正視できないくらい整った顔立ちをしているのに。しかも、大理石から削り取ったような腕に抑えこまれてはどうしようもない。イワンは嬉しそうにくすくすと笑っている。

「スピカさん」

 吐息に合わせて低く、名を呼ばれる。その声色には、えもいわれぬ色気が含まれていたので、瞬く間にスピカは顔を紅くした。彼の笑みが更に深みをます。こうされてしまうと自分が敵わないことを、年下の恋人は承知の上でやっているのだ。

(く、悔しい……っ)

 耳元でもう一度甘ったるく囁かれれば、スピカはおずおずと視線を上げるしかない。自然と瞳が潤んでいたかもしれない。その様子に満足げに微笑むと、顔が更に近づいてきた。

(やっぱりキスするんじゃないか……ッ)

 眼前に迫り来る顔に、頭の隅で罵るしか術はない。恥ずかしさでぎゅっと瞳を閉じると、間もなく唇に触れる感触が―─ぺろり。

「!?」

 しかし、やってきた感触はいつもとは違うものだった。
 スピカは驚いて、元から大きい目を更に広げてしまう。

「な、に……?」

 彼は赤い舌を出してみせている。まるで犬が飼い主にじゃれるように。

(……舐め、た……ッ?)

 そう理解した次の瞬間にはまたしても同じことをやってみせた。スピカは力いっぱい抵抗して彼の長い腕から逃れる。

「も、う……ッ。何なんだい」

 完全におちょくられているとしか思えない行為に、スピカは不満の色をいっそう濃くした。

「たまには、こういうのも」
「楽しいのは君だけじゃないか!」

 ぷうっとまろい頬を膨らませて、精一杯こちらを睨み付けてくる彼女の、何と愛らしいことか!
 珍しく、そのままの感情が表に出ている。いつもそうならいいのにと彼は思いつつ、嬉しくて、また笑ってしまう。本当にたまにでいいから、スピカの方からキスをせがんでくれないか……などという思惑があったのだが、いたずらが少しばかり過ぎたらしい。

「ごめんなさい」

 彼女の額にこつんと、軽く自分の額を当てるとイワンは謝ってきた。

「そ、そんな素直に謝まられても……」
「困るんだけど……別に謝って欲しいわけじゃなくて……」

 年上の恋人は、ごにょごにょと言葉を口の中でもごもごさせる。

(――予想外で、嬉しい反応だ!)

 気分はうなぎのぼり。イワンは彼女の顎を捕えて上向かせると今度こそ、唇にキスを送った。
 もちろん、次の瞬間みぞおちに衝撃がやって来ることを推測しながら。