戦車、前へ
ゲオルグ・リヒター中佐は憔悴しきっていた。
彼の指揮する連隊戦闘団は、ヴァハト・アム・ライン作戦の連日の交戦と、
作戦開始から数日経った後の晴天による航空攻撃によって、
大きく疲弊していた。
それに重ねて、パットンの戦車軍団が追撃戦を開始しており、戦闘団は
どこへ向かうべきかもわからずに、とにかく東へと退路を求めてさまよった。
その最中、回復した無線機器から受け取った指令は、
「サン・ヴィスにてSS装甲軍と合流せよ。」
それだけだった。
行軍隊形の最前を行く、4号戦車が南東の雑木林へ発砲した。
立ち木に隠れる哀れな米兵は、
その手に持っていたM1バズーカとともに吹き飛ばされた。
既にこの待ち伏せにより一両の4号戦車を失い、
ついにこの戦闘団の装甲戦力は、4号戦車二両に、
非力な対空車両だけとなってしまっていた。
僅かに空から舞う雪と、白銀の絨毯の中に燃え続ける4号戦車の残骸の傍を、
リヒターの乗るオペルブリッツがゆっくりと通り過ぎた。
「SSのクソ野郎はどこにいるんだ!」
周囲の事を気にせず、リヒターは怒鳴り散らした。
既にサン・ヴィスの鉄道橋はすぐ傍にあり、南からは戦闘を行う、
大小様々な砲声が聞こえていた。
にもかかわらず、彼らと一向に合流できないばかりか、
こうして虎の子の装甲戦力を失っている。
補充も待遇も良いSSへのやっかみが、リヒターには普段からあった。
この作戦においても、そのワリを食う機会に何度も会い、
事実所属するこの”軍馬”4号戦車も本来ならば、
5号戦車パンターになっているハズだったのだ。
だからこそ、こうして頼ってやっているのに!
トラックの荷台で髪を掻き毟り、
苛立ちながら幌から顔を出し、息を吸い込んだ。
「降車しろ!散開・・・散開だ。ヨーゼフ、北を警戒しろ!」
先ほどの怒声を遥かに上回る大声で命令を下した。
トラックに乗っていた「装甲」擲弾兵の第一小隊は直ちに降車し、
今まで自分達が来た道を警戒した。
「ハンス、中隊は正面の4号を支援しつつ、追撃をなんとかしろ。」
火照った額に冷えたきった手を置き、ハッとした。
「・・・側面の森にはパンツァーシュレッケを置いておけ!」
リヒターは、自己嫌悪に陥りそうになりつつ、顔を手でぬぐった。
待ち伏せを受けたのなら、当然他の敵も展開している、
そして足を止められた哀れな戦闘団は、
追撃との挟み撃ちを退けなければならなかった。
連続した炸裂音の後、M8グレイハウンドは動かなくなった。
そこから200m西の垣根を踏み越え、小柄な戦車が、今撃破した車両を
一瞥したように砲塔を向け、また正面を向いた。
主砲とはとても言えないような、小ぶりな砲を取り付けた戦車は、
俊敏な動きで次の獲物を求めていた。
エルンスト・ゼーラーSS少尉は、この戦車と言うべき
小動物を使いこなす天才だった。
彼は、戦車兵のように勇敢ではなく、歩兵のように忍耐強くもなかったが、
恐ろしいまでに勘が良かった。
ゼーラーはハッチを開け、
周囲の視界を得る為にキューポラから顔を覗かせた。
厳冬の空気が頬にピリピリとした痛みを与え、
灰色の空からは、まばらに粉雪が降りていた。
立ち並ぶ垣根には、広葉樹が整然と並べられており、
そこに雪が降り積もり、雪の壁を作り出していた。
「煙か、北東に白煙。50m前進、一速。」
北東で行われているらしい、戦闘のにおいを嗅ぎ付けたゼーラーは、
すぐに合流予定の味方だと気がついた。
二号戦車が再び垣根に突進し、雪に覆われながらそれを超えた。
300m北に燃え盛るトラックと、戦闘の煙の中から
米軍のM2ハーフトラックが飛び出して来た。
「照準、ハーフトラック、撃て。」
簡潔な命令が下ると、射手は直ちに発砲した。
連続した炸裂音が終わると、穴だらけになったM2ハーフトラックは停止した。
乗っていたらしき米軍の歩兵は
その力を発揮する前に、小動物に食い破られた。
破壊された車両の100m程度南の道なりの森林に、
ドイツ軍の歩兵がせわしなく発砲しているのが見えた。
「司令部。こちらポーラ1、
機械化歩兵と接敵・・・友軍歩兵と交戦中、支援を行う。」
「――司令部了解。」
絶好であった。
ゼーラーが食わず嫌いの戦車が現れるにしても、森の中からしかあり得ない。
友軍の歩兵部隊も対戦車装備くらいは持っているだろう、
なら何を恐れるのだ。
「150m、戦車前へ。」
ちいさな猛獣の狩りが始まった。