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鳥篭の中

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1944:8:20 Falaise



忌々しい晴天の下、陽炎を作り、黒煙をたなびかせる鋼鉄の死骸達は
何も語らなかった。
傍らでは、燃え盛る炎を意に介さないように、狂ったような、
命令とも悲鳴とも取れない怒号が飛び交っている。
その中で一際冷静に、時折空を見つめる小走りの将校が居た。


ゲアハルト・フォン・ホーンライン大佐は、
情けなく走り続けている自分自身と、
司令部スタッフを交互に盗み見ては、微笑を浮かべた。
それだけ馬鹿馬鹿しい事だったのだ、これは。
モルタンにて、彼の指揮する戦闘団は、
ある高地を攻略する際に苦戦を強いられ、
追い討ちをかける様に連合軍の反攻作戦は開始された。
そのタイミングは最悪で、彼の元々の指揮下にある
装甲大隊以外はまともな機動戦力を有しておらず、
その為多くの歩兵部隊は、補足され壊滅させられてしまった。
その後、彼の装甲大隊は後衛に予備戦力として回され、
退却する部隊を後送する為に、彼の司令部車両は引き抜かれて居た。
それで事が解決するなら、それでよかったが、
上級司令部の思っている以上に、連合軍の反撃は鋭く素早かった。
本来後衛であった彼らが、れっきとした前衛に成り上がってしまったのだ。
結果、戦闘団ホーンラインの司令部スタッフは、
自らの足でこの地獄の釜から抜け出さなくてはならなかった。


脇を通り抜けていく車列は、度々停車し、渋滞の様相を呈している。
徒歩で逃げる兵達は統率無く、その逃げるという行為自体が
彼らの正常な思考を奪いつつあった。
ホーンライン大佐のすぐ横を、歩兵小隊が走り抜け、
その小隊長がホーンラインの顔を見てぎょっとしていた。
少し逡巡した様子の後、小隊長は小隊の足を止め、大佐に駆け寄った。
「大佐、失礼しました。第一中隊所属、第二小隊は後退――」
ホーンライン大佐は、その少尉が言い終える前に手で制した。
「少尉、10分すれば装甲部隊が来る、
 それに乗るのだ。それまではここで待機せよ。」
少尉は少し難しそうな顔をしながらも、すぐに敬礼した。
「了解しました、大佐。・・・大佐は走られるのですか?」
「いや、途中で車両を返してもらうよ。」
ホーンラインは、口角を上げて言った。



一機のロッキードP38が、数十メートルの高さを飛行しながら、
車列を射角に捕らえた。
20mm機関砲が唸りを上げ、のろのろと前進するトラックを蜂の巣に変える。
その様を見た他のトラック達は、道路を外れ、
クモの子を散らすように散り散りに逃げようとした。
そこにカナダ・ポーランド機甲師団のM4A3が砲撃を仕掛け、
車列は瞬く間に鉄塊となった。
逃げ惑う彼らを守る者は、既に東へと後退していたのだ。


「敵機、11時!」
その声と共に、特殊車両251/21の三連装機関銃が左に振り込まれ、
仰角を取った。
三門のMG151/15が一斉に火を噴き、たった今西の空をパスしたP38 に、
火線は吸い込まれていった。
P38の右翼のエンジンが火を噴き、
対空砲員の視界からよろめきながら消えた。
「今ので何機目だ。」
車長のヴァルター・フリッチュ伍長が退屈そうに射撃手に言った。
「6機目です、伍長」
この地域を通過した敵機の数である。
時たま近隣に着弾する重榴弾砲も、
彼らにとって好ましいものではなかったが、航空攻撃は
彼ら装甲車両に乗るものにとっては、最も忌むべき存在だった。
周辺には既に味方の戦車隊と、それに乗ってきた歩兵部隊が展開しており、
これらを航空攻撃で失えば、こんな軽車両はボロ切れのように
敵戦車にやられてしまうだろう。
彼は早くこの場から逃げ出したかったが、
彼もダス・ライヒ師団の一員で、兵士なのである。
「早く止んで欲しいな、この雨には。」
「・・・はあ?」
フリッチュは反応の悪い射撃手を無視して、装甲車の窓から空を見上げた。
作品名:鳥篭の中 作家名:江波