みえっぱり
「ね? いい考えだろう? そうしなよ。お金は心配しなくてもいいんだよ。ぼくはもう、寝ていてもお金がはいるんだか――」
「ふざけるな!」
とつぜん、キサがシュウの頬を殴りました。
細い腕になっても、格闘選手を勧められた技術は健在です。シュウは吹っ飛ばされました。
ふうふうと肩で息をして、真っ赤な顔のキサはシュウを睨み付けてきました。その頭からは湯気が昇りそうです。
「ふざけるな。お前の援助だと? 馬鹿にしやがって!」
「……キサ、どうしたの」
「うるさい。昔のなじみだから、部屋にあげてやったんだ。そうでなければ画家の屑のようなお前を、あげてやるものか! 出ていけ! お前の顔など二度と見たくない!」
真っ赤な顔をさらに赤くして、キサは怒鳴りました。
そうして、茫然としているシュウの腕を掴み、部屋から追い出しました。
いったい何が起きたのか、一瞬シュウには分かりませんでした。
しかし、よく考えてみると、キサの言うことはもっともでした。
キサの部屋の扉は、もう二度と開くことはないでしょう。
昔と変わらず、自分の描きたい絵を描き続けるキサ。その姿の、なんと勇敢で素晴らしいことでしょう。シュウはキサがとても羨ましいと思いました。
もうシュウは、いろんな絵の真似をしすぎて、自分の絵がどれだか分からなくなっていました。
落ち込んで、とぼとぼとシュウは家に帰りました。
キサの部屋とは比べものにならない、お金が掛かっていて立派な家です。
弟子が迎えに出てきて、いつもと様子の違う、落ち込んだシュウに尋ねました。
「どうかなさいましたか? 先生」
「いいや」
シュウは無理をして答えました。
「なんでもないよ」
アトリエに行き、筆をとります。
まだ白いキャンパスを見つめ、疲れた老人のように笑いました。
「もう、戻れないだけさ」
シュウには妻と子どもがいました。シュウの絵を褒めてくれる国の人たちがいました。その人たちのために、なにより自分が認めてもらうために、シュウは今日もうまく「見える」絵を描き続けるのでした。
おしまい