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茶房 クロッカス 番外編

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『茶房 クロッカス』
 初めてこの店のドアをくぐったのは――そう、表のクロッカスがあんまり綺麗だったから……。
 でもまさか、ここで彼に出会えるなんてまったく想像もしていなかった。
 ここで彼と出会えたことは、私にとって幸せへの道へ続く第一歩だったのかもしれない。男性を拒絶してきたそれまでの私。そんな私をそっと受け止めてくれた悟郎くん。

 その昔、悟郎くんに話したクロッカスの花言葉、それをずっと覚えていてくれてたなんて……。
 そして店の前にクロッカスを植えて、私を待っていてくれた悟郎くん。
 私はあなたにどんなに感謝してもし足りないくらいなのよ。分かっているのかな? あなたは……。

 さあ、今日の晩御飯は何にしようかしら?
 悟朗くんは自分でも料理できるくせに、私の料理をとっても喜んでくれる。それが私はとても嬉しいの。
 そうだ、今日はすき焼きにでもしようかな?
 そんなことを考えながらドアを開けた。

 カラ〜ン コロ〜ン♪
 聞きなれたカウベルの音と共に、悟郎くんの声が響く。

「お帰り〜優子。仕事どうだった?」
「そうね、今日は新規の契約が一件取れたわ」
「ほう、それはスゴイじゃないか! おめでとう!」
「ありがとう。ねぇ、今日の夕飯はすき焼きなんてどうかしら?」
「あ、いいねぇ。うん。今日はすき焼きにしよう! 俺は独りの時にはすき焼きなんてしたことないし……。毎日優子と一緒に食べられるだけでも幸せだよ」
 そう言って微笑む悟郎くんの瞳には、優しさが溢れている。

「――じゃあ片付けて、お買い物して帰りましょう」
「ああ、そうしよう」
 二人で片付けると終わるのもあっという間。
 私は悟郎くんの自転車の後ろに乗って、悟郎くんの腰に手を回す。
 そっとその背中に頬擦りしてみる。

「ん? どうかした?」
「ううん、何でもないの。ふふっ」

 私は何でもないことがとっても幸せに感じられる。
 例えば彼の背中に頬擦りしたりして、そこに彼の背中があることが嬉しい。
 そして、その背に頬擦りできる自分が嬉しい。
 特別なことはなくても、ささやかな幸せがいっぱい溢れている。
 これを平凡と言うのかもしれないけど、それならそれでも良い。
 この時が、これからもずうーっとこのまま続いていって欲しい。
 それだけが今の望みだから――。

 西の空にはゆっくりと、大きな太陽が恥かし気に沈みながら周囲を朱く染めていく。また翌日には必ず顔を見せますよ――と、優しく約束するように。