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よもぎ史歌
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明智サトリの邪神事件簿

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 突然声色を変え、そして──先生の唇を奪った。
「っ!」
 目を見開く先生。
 そのまま二十面相は先生の口の中に蛇のような舌を入れ、ぬちゃぬちゃとかき回している。
「な、な……」
 わたしはあまりのことに声も出せない。
 彼女は、なにを、やって……?
 でも、少なくても、目前のこれは……活動写真で見るような、ロマンチックな愛の儀式なんかじゃない。
「……う……」
 やがて先生の目は虚ろに光を失くしていき、手足は力なくぶら下がった。
 このままじゃ、先生が……
 わたしの先生が──!
 ──そのとき。
 胸の奥で、何かが弾けた。
 それは、「力」だ。自分の中にあるはずのない、膨大なエネルギーの奔流だ。それは全身を熱く駆け巡り、わたしの身を恐怖の戒めから解き放つ。
 わたしはただ、先生を助けたかったのか。それとも、先生を奪った二十面相に嫉妬したのか。
 どちらにせよ、両方にせよ──わたしは既に立ち上がって叫んでいた。
「先生を放してえっ!」
 わたしの内側から湧き出す力が、漆黒の光となってこの身から噴き出す。
 同時に、足元のピッポちゃんが飛び立ち、
「テケリ・リ! テケリ・リ!」
 ショゴス本来の声で鳴きながら、膨張し変形していく。長い脚を何本も生やしたその姿は、先ほど倒したばかりのアトラク=ナクアと酷似していた。
 そして邪神と同様に糸を吐き出す。
「なに!?」
 二十面相が驚いて先生を放す。
 滝のような糸が二十面相を飲み込み、背後の壁に叩きつける。
 触手から解放された先生が床に崩れ落ちた。
 わたしはすぐに駆け寄り、ぐったりとしている先生の身を起こす。
「先生! しっかりしてください! 明智先生っ!」
 わたしは先生の体を揺さぶりながら必死にその名を呼んだ。
 やがて先生はゆっくりと目を開ける。
「……こ……小林君……?」
 わたしは思わず、先生を抱きしめた。
「もう! 何やってんですか、先生らしくもない……っ!」
「……そう‥‥だな……」
 先生は心身ともに疲れきっているようだった。
「ク……ククク……」
 そのとき、あの子の不快な笑いが聞こえてきた。
「ハハハ……ハハハハハハ!」
 二十面相は糸を破って飛び出し、空中に浮かび、わたしたちを見下ろした。
「素晴らしい成長ぶりだよ、小林君! この短期間でこれだけショゴスを操れるようになるとはねえ!」
「え、え……!?」
 わたしのことを知っているの……!?
 そう聞く前に、二十面相は仮面を付けて、
「今宵は小林君に免じて退散するとしよう。また会おう、明智君! ハーッハッハッハッハッ!」
 高笑いしながら回転し、黒い渦巻きになる。そこから強い突風が吹き、思わず目をつぶる。
 その間に、二十面相は姿を消していた。
 広間に静寂が戻る。
 先生は彼女が消えた虚空を見つめ、呟いた。
「………文代(ふみよ)………」
「え……?」
「………なんでもないよ」
 それは誰の名前だったんだろう。
 先生は立ち上がり帽子の埃を払うと、そのまま振り返らず、歩いていってしまった……。