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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(10)

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二〇一一年 二月 十八日

 アメリカ、カルフォルニア州ロサンゼルス。
 八田荘司はロサンゼルス国際空港の近くの国道四百五号線沿いにある人気の無いモーテルで、人と待ち合わせをしていた。
 窓の外から、時々行き交う車のヘッドライトだけが見える、何もない場所である。
 彼は部屋の中で自分のノートパソコンにこれまでの記事をまとめていた。
 彼のこれまでの調査により、彼の記事はほぼ出来上がりつつあった。しかし、彼は最も肝心な西京が無実だったという証拠だけは、未だに掴めずにいた。
 そこで、八田は昨日、当時西京の捕獲作戦に参加した特殊部隊隊員の一人と連絡を取り、一か八か鎌をかけてみたのだ。
 西京が無実である決定的な証拠を入手した――と。
 すると、なんとその隊員は、八田に会いたいと申し出たのだ。
 八田は驚喜した。
 西京が無実である証拠を入手した人間と会いたいという事は、彼は西京の無実を認めたのも同然だからだ。
 その隊員の名はマウリシオ・ユング。
 彼とは本日このモーテルで落ち合う約束になっている。
 八田は彼とのインタビューが待ちきれず、これまでの記事を全てチェックしては記事を継ぎ足していった。彼のキーボードを叩く指が汗で濡れているのは、暖房が効きすぎているせいではなかった。
 この記事が公表されれば、凄いスクープになる。なにせ、世界を変えようとした日本人と、それを抹殺したアメリカ政府の陰謀の記録なのだ。彼は自分の記事が世の中に出た時を想像して、込み上げて来る笑いを抑えられずにいた。
 八田は自分の記事のファイルに名前を付けて保存していた。
 トレーダー・ディアブロ、と。

 コンコン。

 その時、部屋のドアを誰かがノックした。
 八田は反射的に腕時計を見た。
 時刻は午後九時五十分。ユング隊員との約束の時間まで後十分あった。
 ひょっとしたら、彼が少し早く来たのかもしれない――。
 八田はそう思って立ち上がり、返事をした。
「はい。今行きます!」
 彼は自分の記事の最後のピースを埋められるという期待で、胸が熱くなっていた。

   ※

 翌日、ロサンゼルスのローカルテレビのニュース番組で一つのニュースが放映された。
『……次のニュースです。今日未明、国道四百五号線沿いのモーテル、ラ・カスティージャで旅行者と見られる男性の遺体が発見されました。遺体は所持品から日本人旅行者の八田荘司さんと見られています。第一発見者のこのモーテルの経営者、リカルド・ロペスさんによりますと、チェックアウトの時刻を過ぎても部屋から出て来ない八田さんを不審に思ったロペスさんがマスターキーを使って部屋に入った所、浴室のバスタブに沈んでいる八田さんを発見したとの事です……。ロサンゼルス警察の調べによりますと、部屋にはモーテルの経営者のロペスさん以外に誰も侵入した形跡はなく、浴室に日本酒の空き瓶が落ちていた事と、遺体から大量のアルコール反応が検出された事から、泥酔した八田さんが入浴中に寝てしまった為に起きた事故死として調べを進めています。次のニュースです……』
 エリック・ジョイナーはそこまで見るとリモコンでテレビのスイッチを切った。
 ここはメリーランド州ウッドローン。
 アメリカ社会保障局の本部、通称セントラル・オフィスである。
 ジョイナーは革の椅子の背もたれに背中を預け、安堵の息を吐いた。
 あの西京捕獲作戦の日から一年半、まさか今になってあの事件を嗅ぎ回る者が出て来るとは……。
 しかし、もう心配はいらない。これであの事件は完全に闇に葬り去られたのだ。
 だが、西京が世界経済に与えた傷は深い。
 あの作戦の日から三ヶ月後の二〇〇九年六月一日、アメリカ経済の象徴と言われたゼネラルモーターズは連邦倒産法第十一章の適用を申請し、事実上倒産した。そして、その破綻の直後、ジョイナーに指令を出していた上司は自宅の高層マンションから身を投げ自殺した。彼はゼネラルモーターズの役員出身の議員で、彼の政治資金は全て同社から出されていたのだ。
 ジョイナーは、あの日なぜ上司があせって西京を殺害しようとしていたのかやっと理解する事が出来た。虫の息だったゼネラルモーターズにとって、あの日の取引が引導となってしまってのだろう。
 上司が死亡した事により空いたポジションに部下が繰り上げとなり、ジョイナーも社会保障局の本部に栄転となった。そして、今や彼は社会保障局局長補佐という役職を得ていた。
「フ……、悪魔(ディアブロ)か……」
 ジョイナーは一年半前の作戦を思い出し失笑した。
 無実の男に大量破壊兵器の保有をでっち上げ、逆にこちらが大量破壊兵器を使用して彼を抹殺した――。
「悪魔(ディアブロ)という名は、私にこそ相応しいのかもな」
 彼は呟き、天井を見上げた。
 しかし、彼は罪の意識を感じてはいない。この国の未来を守る為、敢えて泥を被って仕事をしているというプライドを、彼は持っていた。

 コンコン。

 その時、局長補佐室のドアを部下がノックした。
「局長補佐、局長がお呼びです」
「分かった」
 ジョイナーは部下に答えると、自分の部屋を出て行った。
 彼に過去の行いを悔いている様な時間は無い。
 この国の財政は、財政赤字と西京によって起こされた金融不安により危機的状態にある。彼のこの国の社会保障を守る戦いは、まさにこれからが本番なのだ。
                                      了