トレーダー・ディアブロ(2)
エントランスホールに彼のしゃがれた声が響き、その男はピタリと歩くのを止めて振り返った。
間違いない――彼が西京育也だ。
彼は西京の姿を見つけて、ようやく歩く事が出来た。息を整えつつ、西京の元に近づく。
「君、西京育也君だね……?」
名前を呼ばれた西京は、目の前で息を切らせている小太りの男を見て怪訝な顔をした。
西京はTシャツにジーパンというラフな格好をしていた。
レポートによると彼の年齢は二十五歳という事だが、切れ長の目と綺麗な顔つきで実年齢より若く見える。TシャツとGパンという事もあり、一見すると学生のようだ。
グレリアは大きく息を吸って深呼吸をした。
「私の名前はホルヘ・グレリア。ニューホライズンの経営者だ。つまり、さっき君が解雇された会社のね……」
彼はニコリと笑った。
しかし、グレリアの名前を聞いた西京は、慌てて頭を下げた。
「あの、すみませんでした! その……、バーチャルトレードってのは、お金に重みを感じなくて……。つい、緊張感を味わいたくてレバレッジを上げ過ぎてしまいました。やはり、自分にはトレーディングは向いていない様です」
彼はあたふたとレバレッジを引き上げた理由を述べた。
どうやら彼は、グレリアがここまで自分を追いかけて来たのは、トレードのルールを破った自分を叱りに来たのだと思っているらしい。
勝率百パーセントの超人的なトレード結果を残した男は、意外にもオドオドとした気の弱そうな若造だった。
「いや、いいんだ、西京君……」
「でも、これでトレーダーの夢はキッパリ諦められそうです……」
「いや、いいんだ! 違うんだ、西京君、聞いてくれ……!」
グレリアは謝り続ける西京の話を遮った。
「逆だよ! 全く逆だ。私は君にバーチャルの時と同じ手法で取引をしてほしいのだ! ただし、今度はリアルマネーで!」
グレリアのしゃがれた声が、ゴールドマン・サックス・タワーのエントランスホールに響いた。
作品名:トレーダー・ディアブロ(2) 作家名:砂金 回生