都合のいい身体
さぁ、この時が来たわ。
意気込む私。
彼は目の前で、いつものように服を脱ぐ。
この舞台に必要な役者は私と貴方。それ以外に何もいらない。
今日は午前中から晴れ。
天気すらも私に味方しているのだから、勝敗はすでに決まっているでしょう。
私にはもう時間が無い。
幼い頃から常に私の隣で蹲っている病。
そろそろ爆発しても可笑しくは無いのだけれど、それでも私を生かすのは。
だから私は今を大事にするの。
貴方と唯一向き合えるこの時間を。
この窓の外から見える、ペアルックを見て思う。
どうして私はあの人たちと同じには成れないのだろうと。
そして思う。
どうして貴方は、私を選んだのだろうと。
貴方が思っているほど、私は完全な人間では無いし、また不完全でも無い。
どういう事かなんて、貴方が一番よくわかっているはず。
私はこの世の不条理を良く知ってはいるけれど、反対の事は良く分からない。
知ろうともしないもの。
だけど、私は貴方より知ってるはずこの世の全てを。
見くびらないで、その辺の女と一緒にしないで。
ただひたすらに、貴方を咥えて喜んでいるわけじゃないの。
「煙草取って。」
貴方のいつもの台詞に、私は何も装備していなかった。
手渡した瞬間に見せた貴方の表情から、私はこれが最後なのだと瞬時に悟った。
貴方はこれまで、無表情で受け取っていたはずのそれ。
(嗚呼、そう。)
貴方はもう関係だけだった私を見捨てて、本当に大事な人と完全に向き合う気なのね。
「はい、ライターと灰皿。」
私が手渡すと、至極驚いた表情で私を見た。
そこまで気を使う私が珍しかったのだろう。
ありがとう、とほとんど耳にした事が無い言葉を吐きながら、煙草を吸い始めた。
私は試しに言ってみた。
「この間、彼氏から料理が上手って褒められたの。」
「掃除だって、実は趣味で細かい所までやっているのよ。」
「節約っていうのかな、いらないものといるものの区別を付けるようにしているわ。」
けれど、貴方の答えは全て素っ気無いもの。
ねぇ、私だってこれくらいできるの。
貴方が望めば、これ以上の事ができるのよ。
夜だって、こうして貴方が望む事をしているじゃない。
思い起こせば、貴方程想う人は居なかった。
簡単に私を置いて逃げた人。
私を想い過ぎていった人。
裏切った人。
男と女の関係なんて無ければいいと思っていた。
そう考えると、とても楽になった日もあった。
けれど、貴方と出会ってから。
どうでも良いと思っていた人生が全部変わってしまった。
どうしても欲しくなってしまったの。
例え既に誰かのものであったとしても、私はどうしても貴方が良いと知ってしまった。
笑顔も涙も怒りも全部受け止めてあげる。
私にはその自信があるの。
ピリリリリ ピリリリリ・・・
突如鳴り響く貴方の携帯電話。
通話先はきっと。
「うん、わかった。大丈夫、そろそろ帰るから。」
嬉しそうな顔で、私には見せない顔でそう言う貴方。
嗚呼、どうしてこんなにも辛いの。
私の方こそ用事があったらいいのにと思う。
そしたら、きっと今酷い顔をしている自分を見られなくて済むのに。
今日こそは言おうと心に決めた私の想い。
貴方が好きだと、上っ面ではない心からの本心だと、そう言おうと思っていたのに。
もし、私が世間一般の女の人なら貴方は私を認めてくれた?
こんな、得体の知れないただの風俗嬢じゃなければ、貴方は私を真正面から見てくれた?
「ねぇ、電話はもう済んだ?」
この想いが伝わらないなら、お願い。
いつものように、私の身体を火照らせて。
そしたら私は、その変わらぬ熱でいつものように絆されてあげるから。