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下手の横好き
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novelistID. 35612
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のうぜんかつら

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一部 香織



「ねぇ、聞いてる?」
 すぐ隣から問いかける声で目を覚ました。
「ごめん、うとうとしてた。」
「疲れてるんじゃない?もう寝る?」
 布団を捲らないように身体を寄せて僕の目を覗き込んでくる。枕元の目覚まし時計に目をやると、まだ日付が変わって少したっただけだった。
「大丈夫。もう少し話してたい。」
 そう言って香織の方に向き直り、彼女の髪をなでると少し照れたような顔をした。お互いの呼吸が顔にかかるような距離を今更恥ずかしがっているような、そんな香織の純朴さが僕にはとても好ましかった。まだ少女の面影が抜け切らない顔の、少し大きめな瞳をせわしなく動かして、彼女はいつも照れる。このままじっと見つめ続けると、いつものように照れ笑いを浮かべたまま怒ってみせるのだ、きっと。
「明日、どこいこうかって話。」
 結局、僕の胸に顔を埋めて誤魔化すことにしたようだった。
「どこか行きたいところがあるの?この間話していたお店にでも行ってみる?」
 香織の髪を撫でながら、数日前の電話を思い出していた。彼女の大学の側でとても可愛いお店を見つけたとはしゃいでいた。家とは反対方向だから普段はあまり通らないが、友達の家に行く途中で偶然みつけたらしい。
「それはまた今度。明日は公園に行きたい。」
「公園って、丘の上の?そんなに近場でいいの?」
 せっかく一日中一緒にいられるのだから、もっと遠出してもいいのにと思った。さっき寝てしまったから、気を使わせたのではないだろうか。香織の真意を測りかねているうちに、髪をなでる手が止まっていたらしい。香織が顔を上げ、膨れてみせる。
「いいの、近場で。その代わり朝から買い物行って、一緒に料理して、お弁当持っていこう?それで、シート広げて二人でのんびり過ごすの。片方ずつイヤフォン挿して、本を読みながら他愛もない話をするの。」
 春になり、ようやく外も暖かくなってきたところだ。二人で並んで本を読むのも幸せそうだ。
「いいね。明日は早起きしなくちゃだね。」
「のんびり寝てたら、私が無理やり起こしてあげるから。」
 いつものように目を細めて、精一杯意地悪そうな顔をして微笑むのをみて僕も苦笑する。止まっていた手でまた香織の髪を撫で始める。毛先だけパーマのかかった髪をただ黙って、見つめ合いながら撫でていく。香織が眠ってしまうまでこうしていたいと、曖昧になっていく頭で強く願った。

 公園への坂道は散り始めた初春の名残で埋め尽くされていた。よく晴れた春の日の午後。ふたりの足音だけが柔らかな空気を震わせ、時折、白い花びらが降る音を錯覚する。コートを持たずに外出できるようになったばかりだというのに、長い坂を登っていると僅かに汗ばんでくる。
「寒いね。」
 桜の木々を見上げたまま、香織が腕を絡めてくる。
「そうだね。寒いね。」
 それだけのことで、僕は香織の柔らかなところにふれることが出来た気がした。香織の深いところにある、暖かい何かを久しぶりに垣間見た気がした。

 一部 未完 続く
作品名:のうぜんかつら 作家名:下手の横好き