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不幸な若者

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ある不幸な若者が、恐れ多くも世界を敵に回して戦おうとした。武器をまず選ぶ。
台所にあった包丁を右手に、左手には日曜大工に使うような金槌。足には黒いスニーカー。
ぼろぼろに薄汚れたフード付きの灰色のスウェットに、ダメージだらけのジーンズを履いて、外へ飛び出す。

ここはとある片田舎の村だ。平日の昼間、外には誰も見当たらない。
まず、人を探さないとダメだ!
民家の間を縫うように走り、細い路地を駆け巡る。
そうする内、若者の脳裏には今までの報われない人生が思い浮かんだ。

物心が付いた頃から両親は不仲で、父は毎日飲んだくれて仕事もしない。
母は父にいじめられ、腹いせのように自分がなぶられる。生傷の耐えない日々。
見かねた村の人間の手によって両親から引き離され、施設に保護されるも、金儲けしか頭にない施設長。仕事を日銭を稼ぐ手段としか考えない施設員たち。
当然、施設内は荒れ放題。
若者は自分の身を守ることに必死で、他者への思いやりなど持てようはずもなかった。

施設を卒業し実社会に出るも、人間関係がうまくいかず職を転々とし、ある工場内での作業で事故に巻き込まれ、片足に重い障害を背負ってしまった。
普通の職には就けなくなり、特別な仕事に就くことも難しく、借りていた安アパートの家賃すら払えなくなって追い出され、途方に暮れて結局、実家へと足を延ばした。
家は荒れ果てていた。両親は二人とも家を捨ててどこかへ行ってしまったようだ。若者は、ともかく住む家すら無かったので、そこにひっそりと居座ることにした。

若者は足の怪我により、小額ではあるが保険金を毎月受け取ることができた。
村に唯一あるショッピングセンターに、灰色のフードを目深にかぶり誰とも会話することなく、最低限の食事だけを買っていた。
家ではほぼ何をすることもなく、ただ途方に暮れるような毎日だった。

そんなある日、ふらふらと家のトイレに立ち寄った際、何かが足に引っ掛かった。それはアルバムだった。
まだ若者が物心付く前、もっと幼かった頃、両親の仲がまだ良かった頃の写真が、無数に飾られていた。
若者の頭に、思い出せない筈の記憶が蘇ってくる。
柔らかな母の胸に抱かれ、大きな父の手で頭を撫でられていた毎日。

若者はひどく混乱した。
なぜ幸せだった自分がこんなにも不幸になってしまったのか。
僕が悪いの?それともお父さん、お母さん?一体誰が悪いの?
・・・みんな、みんなが悪いの????
いくら問いかけても、誰も答えてくれない。
ついに若者は耐え切れなくなり、全てを消してしまおうと思ったのだ。

狭い路地を抜けると、一面に緑の畑が広がっていた。
農作業にいそしむ、老人がいた。
まずは・・・あいつだ!
若者は走った。いや、実際には走れない。片足を引きずって、老人に駆け寄ろうとした。
老人はそんな若者に気づいた。最初は事態が飲み込めなかった老人も、若者の形相と両手に握ったものを見て、あわてふためき、逃げ出した。
若者は声にならない声をあげて追いかけるも追いつけよう筈もなく、足がからまり、その場にうつぶせに倒れ込んでしまった。

若者の心に深い絶望が走った。
全てを消してしまおうと思ったのに、それすら出来そうにない。どうすればいいのだろう。
そうだ!自分を消してしまえばいい!!
自分が全てから消えてしまえばいい!!

若者は上体を起こし、右手の包丁を胸に突き立てようと振り上げた。
これで・・・全てが終わる・・・。
若者は歯を食いしばり、目を閉じ、包丁を握る右手に力を込めた。

その時、ふと、若者の耳に何かの音が聞こえた。それは、か細い、笛の音のような。
うっすら目を明けると、畑の緑の上に、明け方の陽が差し、そこに数羽のスズメの群れがいた。
少し大きなスズメや小さなスズメ達が、地面や互いの体をついばむようにしながら、さえずりあっている。
親子かもしれない、恋人同士かもしれない。
わからないが、若者の目には、仲睦まじいように見えた。
若者は、一瞬時間を忘れたかのような感覚を覚えた。
全身の強張りが消え、振り上げた右手がゆっくりと下がった。その時。

「おとなしくしろ!この野郎!!」

怒号が耳をつんざき、若者は後ろから忍び寄っていた村の駐在員に、荒々しく取り押さえられた。

若者は気を失い、目が覚めると、どこかの留置所の中にいた。
留置所の係員らしき人物が気づき、若者は留置所から取調べ室のようなところへ連れて行かれた。
そこにはあの自分が消し去ろうとした老人や、おそらく自分を取り押さえた駐在員。その他何人かの人間がいて、若者に激しい叱責を浴びせかけた。
だが、若者には激しい叱責が耳に入らない様子だった。

若者は考えていた。
なぜ、僕はあのとき自分を消さなかったのだろう。
なぜ、立ち止まったのだろう。
あのときの安らぐような、不思議な気持ちはなんだったのだろう。
若者にはその答えがわからなかった。ただ、若者は思った。

もしかしたら、まだ早いのかもしれない。
問いかけの答えが、いつか見つかるのかもしれない。
そうだ、その時までは生きていよう・・・。

若者は小さな志を胸に秘め、この世界に留まることを決意した。
作品名:不幸な若者 作家名:零次