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Blue Days 02

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そういえば去年も思った気がする。最後の蝉は、一体いつまで鳴いているのかな。確か九月に入ってすぐはまだ鳴いていた。けれど、十月には鳴いていなかった気がする。毎年、今年こそはと思うのだけど、結局はいつも気が付けば鳴き声は止んでた。夏はもうすぐ終わるけれど、蝉はまだ力いっぱい短い命を削ってる。

2.抜け殻のかたち


僕は自習室の扉をそっと開いた。今日はあまり天気がよくないから蛍光灯が熱を放ってる。窓際の一番後ろの席にあまり馴染みのない顔を見付けて、僕は敷居の上で少し悩んでからその斜め前の席に座った。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
確かクズミヨシキさんだ。何度か話を聞いたことがある、春彦さんの友人。赤茶色の髪をした青年だった。名前は夜の色と書くのだ。はじめて聞いたとき随分ロマンチックな名前だなと思ったのを覚えている。
「春彦は来ないよ」
「そうなんですか」
「うん、今日は雨が降るから」
雨が降ると身動きをとりたがらないところが猫みたいだなと思った。なんとなくだけれど、それは春彦さんに似合っている気がしたので勝手に納得することにした。夜色さんは窓の外を見ながら静かに口を開いた。
「ね、和真くんはさ、歩道を歩いているとき車が突っ込んできたらどうする?」
「どうするもこうするも、逃げますねとりあえず」
「うんそうだよね。逃げられるなら逃げるよね。例え自分が避ければ別の人間が潰されると分かっていても」
「避けますね、だって自分が可愛いから」
夜色さんは僕のこたえを聞いて安心したのか、ほっと息を吐いた。
「良かった。君はきっと死なないね」
「誰か死んだんですか?」
「うん」
聞いてほしくない風でもなかったので、僕は無遠慮に尋ねた。その人のこと聞いてもいいですか?いいよ。と夜色さんはこたえた。
「ハクロツキカはね、いたって普通の女の子だった。僕たちが高校生の頃の話だよ。僕はその場にいなくて、春彦と月香は二人で歩いてた。彼らのそばには小学生がぱらぱら歩いていてね、たぶん通学路だったんだろうねえ。車はそこに突っ込んだ」
夜色さんはいやに淡々と言った。僕は鞄の中のノートや筆記用具を出すか出さないかで少しだけ悩んだ。夜色さんは薄い水色をしたボールペンをくるくると回していた。
「春彦も月香も、とっさに避けたんだって。いや、あるいは最初からぎりぎりで当たらない位置にいたのかも。車は小学生の一人を殺して何人かを怪我させて止まった。春彦はあんまり気にしてなかった。月香はそのことを酷く悔やんでた。罪悪感を感じたんだろうね。避けなければ自分が一番に車にぶつかっていたのではって」
余裕がなくなると、人ってすごく脆いよねえ。月香は段々おかしくなって、自分がその小学生を殺したんだと思い込むようになった。泣き叫んだり怒鳴り散らしたりしながら手当たりしだいに物を壊した。最後には人魚の歌が聞こえるって言いながら海に入って死んだよ。
「おかしな話だと思わない?同じ立場だった春彦も、本当に小学生を殺した車の運転手も今生きてるのに。月香だけが死んだ。おかしな話だよねえ」
夜色さんは無感動に言った。僕は何を言えばいいのか分からずに黙りこんだ。お話の中みたいな出来た話だった。夜色さんはボールペンを回すのを止めると、ノートに何か書き始めた。ぼんやりと眺めていた僕はそれが単純に自習の続きだということに気付くと、ようやく鞄からノートと筆記用具と課題のプリントを取り出した。そして自分の勉強に専念した。
僕と夜色さんはその後一言も言葉を交さなかった。今日の分の会話は終わりだ、とでもいうかのように。自習室を出るときも、夜色さんは一言も発さなかった。ただ黙って扉を開け、そして閉めた。

一週間。それが短いのか長いのかは今でも分からない。僕はやっぱり短いと思ってしまうけれど、こうして全力の鳴き声を聞くと途端に分からなくなる。前に春彦さんにこう尋ねた。鳴かずにじっとしてればもっと長く生きられるんじゃないかな。春彦さんはこう答えた。それでは本末転倒だよ、蝉は鳴くために産まれてくるんだから。僕はやっぱり納得できなかった。できていなかった。
夕暮れの自習室にはまだ蝉の声が響いていた。雨は降らなかった。
作品名:Blue Days 02 作家名:nito105