Blue Days 01
彼、ウスイハルヒコは火が好きなことを除けばいたって普通の青年だった。僕は少なくともそう思った。ただ常人に理解できない異様な執着を火というものに抱いているだけの常識人だった。けれど世の中の一般的な人間からすれば、彼のような人こそ変人だ異端だというのかもしれない。自分のように。
僕、シモツキイサナは天狗に記憶を食べられた人間だ。
1.燃やして消えた夏
「助かったよ」と春彦さんは言った。
「どうしても今、ライターが欲しかったんだ」
僕はコンビニで買ったライターを春彦さんに渡した。彼からは喫煙者特有の、あの嫌になる匂いはしなかった。それなのに、と僕は首を捻る。僕には煙草を吸う以外にライターの使用方法が思い付かない。今は夏だけれど真っ昼間だ。花火にはいささか早すぎる。春彦さんは僕からライターを受けとると、かちっと音を鳴らして火を付けた。少し青を含んだ炎がぼおっと燃えた。途中何度か火が風に吹き消されたけれど、その度に春彦さんはライターをかちりとやった。それからたっぷりの間を置いて、やがて気が済んだのかライターをカッターシャツの胸ポケットにしまった。
「ありがとう」
と春彦さんが言ったので、僕はどういたしましてとこたえた。
「ところで、今の行動には何か意味があるんですか?」
「意味がないことをしてはいけないかい?世の中には他人に関心を持たないやつがごまんといるんだ。君はその五万人の一人にはなりたくないのかな?」
「どちらかというと」
「和真は正直だな」
春彦さんは笑った。強い日差しの中でも黒々としている彼の目はとても楽しそうだったので、少しほっとした。彼は今のところ、僕のことを迷惑だとは思っていないらしい。
「いいよ、教えよう。俺は火が大好きなんだ」
「火が?」
僕は首を傾いだ。火が好き、なんていうやつはみんな放火魔だ。などとつまらないことをいうつもりはないが、正常な人とも言い難いように思う。考えあぐねる僕をよそに、春彦さんは話を続けた。
「そう火が。こう、ぼうっと火を眺めるの好きなんだ。だからたまにこうしてライターを買って火を見る」
「買ったのは僕ですけど」
「ああ、悪いな。金は今度返すよ」
春彦さんは悪びれずに言った。僕は春彦さんのそういう物怖じしないところが嫌いじゃないので特に何も言わなかった。それにもし返してくれなかったとしても、僕はきっと春彦さんのことを嫌いにはなれないだろう。春彦さんは僕にとってどうでもいい人間ではなかった。僕は彼の言葉をいくらか咀嚼して、それから口を開いた。
「じゃあ火事とか好きなんですか?」
おいおいそこまで人でなしじゃないよ。と春彦さんは少し傷付いた顔をした。なので僕はすぐにすみませんと謝った。春彦さんは、ああそんなに気にしなくてもいいよと言って胸ポケットからまたライターを取り出した。
「大体、火事の火ってあんまり綺麗じゃないだろ?」
だから、そういう意味でも好きじゃないんだ。煙ばかりだし。春彦さんはライターをかちりとやりながらそう言った。
作品名:Blue Days 01 作家名:nito105