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シフリダにもどる(草稿)

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   シフリダにもどる(草稿)


          野尋禾



          
 できれば、戻りたくはなかった。
 この町は、俺には特別な場所だ。
 だが、他に道はない。
 ここは、荒れ野。
 後ろに、追跡者。
 前に、なじみの町。
 荷物を奪われ、食料も水もない。
 足は、懐かしい街道をたどる。
 シフリダへ――

 大きな町ではない。
 町を繁栄させた街道が廃れて、もう長い歳月が過ぎた。
 その街道を妖精が通過していったのも、もう遠い昔だ。
 妖精は帰ってこないし、歳月も帰ってこない。
 町は、夜明け前の静けさの底に沈んでいる。
 どんなに暗くても、町並みはわかる。
 足が覚えている。
 町はずれの、街道駅の番小屋を素通りする。
 街道の石畳から、町の石畳に変わる。
 大門をくぐると、大通りだ。
 まっすぐにゆくと広場に出る。
 広場の真ん中には、妖精塔がそびえたっている。
 塔のてっぺんでは風車がまわり、地下水をくみあげている。
 地下水は、塔の足許で石づくりの獣の口から吐き出される。
 その流れから、ひとすくいの水を口へ運んだ。
 二日ぶりの水だった。
 乾いた身体にしみこんでゆくのを感じた。
 それから、水の味を思い出した。
 シフリダの水の味だ。
 戻ってきた。
 膝から力が抜けた。
 石畳に吸いこまれるように、眠りに落ちた。
 
 朝日を肌に感じて、目がさめた。
 ぼんやりした視界のなかに、小さな男の子の顔があった。
 なんとなく見覚えがあった。
「えーと、ダンだっけ。ひさしぶりだな」
 男の子が笑った。
「違うよ。おじちゃん、どこから来たの?」
「日本だ」
「ニホン? おじちゃん、もしかして、ニホンジン?」
「ああ、日本人だ」
「そっか、ニホンジンか。すげー!」
「すげーか」
「すげーよ」
 そこへ、離れたところから声がかかった。
「なんだ、ゆきだおれか?」
 男の子が答えた。
「違うよ、父ちゃん! ニホンジンのおじちゃんだよ」
 足音が小走りに近づいてきた。
 朝日がまぶしすぎて、それが大人の男であることしかわからない。
「ニホンジン? 本当だ! ニホンジンのおじちゃんだ!」
 その男が、男の子と顔を並べて、覗きこんできた。
 よく似ていた。
「何年ぶりだよ。なんで、こんなとこで寝てるんだ?」
「おまえ……もしかして、ダンか?」
「そうさ! 覚えてたか。あ、これ、息子。似てるだろ」
「そうか……どうりで……」
「おい、おじちゃん! ニホンジンのおじちゃん!」
 声が遠くなっていった。
 
 自分が思っていたより、衰弱していたらしい。
「大丈夫」
 とか、
「一人で歩ける」
 とか、言っているつもりだったが、言葉にならなかったらしい。
 ただ呻いているだけの俺を、ダンが診療所へ運んでくれたそうだ。
 それから、話をききつけた町のひとたちが押しかけてきた。
 産婆がそいつらをたたき出し、病室に”面会謝絶”の札をかけた。
 俺の知らない女医が、その間に、俺の身体を診察し、処置をした。
 それはもう、手際よく、完璧な処置だったそうだ。
 処置した本人が、あとでそう語った。
 実際に、翌日には歩けるようになったから、嘘ではなかった。
「噂には聞いてたけど、たいした回復力ね」
 女医が、珍獣を見るような顔をして言った。
 俺は、診察室の患者用の硬い椅子に座っていた。
 診察を終えて、上着を羽織ろうとしていた。
「噂?」
「そう、噂。ニホンジンが最初に現れたのが、この町だった」
「ああ、そうらしい」
 女医が医者用のやわらかい椅子から立ち上がり、窓を背にした。
「ニホンジンが、最初にその驚異の力を発揮したのが、この町だった」
「驚異の力?」
「それから、町の女は、ニホンジンを見ただけで妊娠した」
「それは凄いな」
「ニホンジンは、妖精だ」
「は?」
「この世界から去っていった妖精が身をやつしている説」
「それは、初耳だ」
「この町じゃ有名よ」
「この町じゃ、か」
 窓の外に目をやった。
 すでに昼。往来は、それなりに賑わっている。
 しかし、記憶のなかのこの町は、もうすこしにぎやかだった。
「前に来たときは、そんな与太ばなしは、誰もしてなかったな」
「何年ぶり?」
「五年か六年じゃないかな」
「十二年よ」