非常識
そのテロリストの隠れ家は、この国で第二の都市・ポンツーラにあった。
「ようやく追い詰めたぞマクリンめ」
某国・特殊部隊の指揮官である俺は、閑静な高級住宅街の中でも、ひときわ大きな邸宅を睨みながらつぶやいた。
世界中を恐怖のどん底に陥れた、最悪の菜食主義者、マクリン・ナガール。
その潜伏先が分かったのはつい先日。
彼を見つけ出した新たな捜査方法は、まさに逆転の発想だった。
「夜明けとともに突っ込むぞ。油断するな!」
俺は待機する部下に指示を出した。
テロリスト、マクリン・ナガールは元々、シー・スパッツに属し、他の過激な環境主義者と共に海生・哺乳類の救済を訴えていた。
転機が訪れたのは2011年。
反捕鯨・記録映画のDVDを配られた日本の漁村が、対抗措置としてマクリンの国で行われている牛や豚の屠殺解体風景を写したDVDを送りつけたのだった。
大部分のシー・スパッツ構成員は牛とイルカでは知能が違うと無視し、一部の構成員は抗議活動に疑問を感じて漁村を離れた。これに対して、マクリンの反応は違った。
彼はその映像に涙を流し、すべての肉食を止めた後、協力者を募って、イルカや鯨、イヌやウサギのみならず、全ての食肉用・家畜まで救済する事を決意したのだ。
「しかし誰でもステーキが好きでしょうに、よく世間から反感を買わなかったものですね」
部下の一人、シェードがポツリと言った。
それはそうだろう。
イルカや鯨なら食べる民族も限られるが、牛や豚、羊は違う。
牛豚羊を食べるなというのは、全世界を敵に回すに等しいからだ。
「やつは、それらを宗教にからめて、双方の確執をあおりやがったんだよ」
俺は吐き捨てるように言った。
世の中には牛や豚を食べる事をタブーにしている宗教がある。
マクリンはそれらの宗教を信仰する裕福な人達に接近し、それぞれから資金と兵士をかき集めて、反目する宗教の食肉加工場を攻撃させたのだ。
おかげで宗教対立は激化し、増悪が増悪を生んで、ここ数年相当数の死者が出ている。
「それでも、やつは動物に代わって人間に制裁を与える白騎士(ホワイトナイト)のつもりなんだ」
「でも双方をあおっていると気付かれれば、普通殺されますよね」
シェードの疑問は当然で、今やマクリンは世界中の国家からお尋ね者になっていた。
それなのに三年間、どの国もその行方を知らなかったのは、彼を信奉する多数の協力者の存在と、異様なまでの警戒心が為だった。
マクリンはこの三年間、夜間といえども外に出ず、部下に与える指示は全て伝達役を通して行っていた。
しかもインターネットはおろか携帯電話すら使わなかった為、彼の居場所は各国の腕利き諜報部員といえども突きとめられなかったのだ。
だが、この三年の間に事情は変わった。
そのことによって俺達は、なんなく彼の居場所を突き止められるようになったのだ。
「よし、空が白んで来た。行くぞ!」
俺は待機する数十人の部下に、いっせいに突入する合図を送った。
なぜ我々がこのテロリストの居場所を突き止められるようになったかって?
それはこの三年間で世界の人々にインターネットや携帯電話が完全に普及し、全人類の住居の中でこの家だけが、それを使っていなかったからさ。
( おしまい )
作品名:非常識 作家名:おやまのポンポコリン