幽霊屋敷の少年は霞んで消えて
荒野の旅人
わたしの名前は高村健人。小説家だ。
なぜ、小説家なのかというと、何のことはない。子供のころからの趣味が仕事になってしまった。ただ、それだけのことだ。
大学時代の友人の勧めで、賞に応募した『空色のカーテン』が大賞を受賞して、めでたくわたしは作家としてデビューすることになった。
しかしまあ、偶然に偶然が重なった上での奇跡なのではあるが。
まあ、そのおかげでこうして取材旅行などに出かけることが出来るようになったのだが。
今、わたしは以前それなりの評価をいただいたホラー小説、『怨霊屋敷』の続編として企画している小説の舞台のモデルを探してこの街を訪れている。
前作は怨霊が棲む古いアパートを舞台としていたので、今回も同じく古いアパートを舞台にしようと思っているのだが、つい最近、某知り合いからこの街にはまさに舞台にはもってこいの幽霊屋敷があると聞いていたので今わたしはその建物に向かっている。
三本目の通りを左に曲がって……もうすぐのはずだ。
目的地に近づくにつれて、自然とわたしの足取りは軽くなっていく。
まだ見ぬロケ地に、期待だけが広がっていく。
まだロケ地にたどり着いていないというのに、すでに頭の中では登場人物たちによる『撮影会』が始まっていた。
さて……誰をどこに立たせて、どう動かすか……『監督』であるわたしの頭の中ではいろいろな情景がグルグルと、まるでメリーゴーランドのように回転している。
撮影はじめ。ハイ、カット。君、いまの表情良かったよ。もう1テイクいってみようか。
……っ、とそんなバカなことをしている間にわたしは目的地にたどり着いていた。
……しかしながら、わたしの目の前には『幽霊屋敷』などなく、ただ大きな空地が広がっているだけであった。
おや、どこかで道を間違えたのかと友人にもらった地図を見直してみる。
……ここがその『幽霊屋敷』であると認識するのに大して時間はかからなかった。
「そんなぁ……」
情けない声を上げながら、わたしはへなへなとその場にくずおれる。
先ほどまで頭の中で開催されていた『撮影会』の会場が、スタッフもろともバキバキと崩れ去った。
キャストたちが悲鳴を上げながら虚無の闇の中へと落ちていく。
……叫びたいのはこっちだよ。
その後、わたしはどれくらい空地の前にいたのだろうか。
最初はまず地面に座り込んで……それから周囲の痛い視線に耐えきれなくなって立ち上がって……。
そして、それから立ち去ろうとして、やっぱり立ち去れずに未練たらしく空地の周りをウロウロして……。
未練を捨てきって、その場から動こうと決心したのは、空地に着いてちょうど1時間と30分後のことだった。
「まぁ良いさ。次のロケ地だってきっとすぐ見つかる。いや、そもそもロケ地なんてなくたって小説は書ける……」
などと、ぶつぶつ呟きながら、わたしは移動を開始した。
アホらしいと思うかもしれないが……仕方ないさ!こうしないと心が折れてしまいそうだったんだから!
……さて、移動を開始したは良いが、これからどこへ行こうか?
肝心の目的地は完全なる『跡地』になってしまっていた。
ロケ地にしようにも、もう何もない。
しかしだからといって、このまますごすごと帰るのか?
イヤだ……それだけはイヤだ。理由は分からないけど、それだけは絶対にイヤだ。
だって、なんか悔しいじゃん?
オイラは負けたままじゃ終わらないよ。
今度は勝ちを取りにいくんだ。
だってオイラ、やれば出来る子だもん♪
目的地を見失ったはずなのに、なぜかわたしの足取りは、再び軽いモノとなっていた……。
「ふぅ……」
あれから、勘に任せてブラブラと町の中を彷徨い歩いたけど、結局満足できるモノは見つけられなかった。
さびれた公園とか、真っ暗闇に包まれた裏路地とか、ソレっぽい場所はいくつかあったが、どれもわたしの求めているモノではない。
そうして結局、何も見つけられずにこうしてわたしは見かけた喫茶店の入り口の前に立っていた。
そろそろ、のども乾いてきたところだ。
ここらで、休憩しても良いだろう。
だれに言うわけでもなく、ひとりうなづくとわたしは喫茶店の扉を開いた。
昔ながらのレトロな店内。
こういう店は、いるだけで心が落ち着くものだ。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスらしい中年女性が近づいてきた。
……本当はもっと若い娘が良かったけど、たまにはオバサンでも良いか。
というより、むしろオバサンで良かったのかもしれない。
もし、若い娘であったなら、わたしは意味がないと知りながらもその人に良いところを見せようとして、なかなか気持ちを休めることはできなかっただろう。
……うん、オバサンで良かった。オバサン万歳。
「おひとり様ですか?」
ウェイトレスが愛想に満ちた笑顔を浮かべて言った。
わたしは「ええ、そうです」と答える。
「それではこちらにどうぞ」
ウェイトレスがわたしの前を先導して歩き出そうとした。
イヤ……待て。
その背中にわたしは声をかける。
「待ってください」
「どうかなさいましたか?」
ウェイトレスが怪訝そうな顔をしながら振り向く。
「あの、窓際の席でお願いできますか?」
我ながら、なんとも子供っぽいわがままだと思うが、仕方ない。
わたしは昔から窓際の席でないとあまり心が落ち着かないタイプだった。
最初はきょとんとしていたウェイトレスだったが、すぐにまたあの愛想に満ちた笑みを浮かべて言った。
「かしこまりました。それでは、どうぞこちらへ」
「ふぅ……」
運ばれてきた紅茶を飲み終えると、幾分か気分が落ち着いてきた。
だんだんと、冷静に物事が考えられるようになってくる。
……なんだか、今までブラブラと歩き回っていたのが途端にバカらしくなってきた。
そうさ、意地になって“何か”を探し回って、それで結局どうだ?何も手に入らず、体力と時間を無駄にしただけじゃないか。
「ふぅ……」
もう一度長めのため息を吐き出す。
……こうして、ため息をつくのも何度目だろう。
そんなことを考えて、もう一度ため息を……「ふぅ」。
ああ……ダメだ、気分がすっかり暗黒面<これでダークサイドと読む。キリッ>に落ちてしまっている……。
そんなダースベイダーもビックリな状態のわたしの耳にある声が聞こえてきた。
「そういや、知ってるか?この近くにある幽霊屋敷」
うん、知ってるよ。さっき行って来たよ。でも何もなかったよ(*^_^*)
……わたしは、求められてもいないのに、勝手に心の中で答えていた。
うん……ホント、ダメなやつだ。
ふふ……ふふふっ。
もう、どうにでもなーれッ☆。
良いさ、良いさ。どうせまた、徹夜で仕上げれば良いのだから。
もうわたしはヤケになっていた。
完璧にヤケになっていた。
でも、それがどうした?……ぬわにぃ〜?哀れだとぉ?フンッ!同情するならネタをくれッ!
しかし、この後の言葉がわたしの心を大きく動かすことになる。
「ああ、知ってる。『めぞん☆跡地』だべ?」
なんだそのめぞん一刻みたいな名前(笑)。
と、心の中ではバカにしながらも、いつの間にかわたしは少年たちの話に聞き入っていた。
作品名:幽霊屋敷の少年は霞んで消えて 作家名:逢坂愛発