みみみなみ中麻雀部
麻雀部
タン、と軽い音を立てて牌が鳴る。捨てたのは対面、それを待っていたんだ。
「ロン。三色平和、3900」
対面に座っている短髪の男がしまった、と言い背伸びをし、卓に頬杖を付いた。今俺に放銃した短髪の男の名は山井貫(やまいとおる)。元野球部だったが部員数が足りなくなり廃部した為、5月にこの麻雀部に入部してきた。
「馬鹿だなぁ。そんな真正面から行くやつあるかよ」
団扇で自分の顔を仰ぎ、そう言うのは糸田一明(いとだかずあき)。
「今日は調子いいなぁ。圭介ェ」
そう言って上家の眼鏡をかけた男が手牌をぱたりと倒した。こいつは佐東裕紀(さとうひろき)。
「今日はってなんだよ今日はって。いつもの調子だぜ」
と言い貫から点棒を受け取る。実実南中学(さねみみなみちゅうがく)にあるこの麻雀部は、一明、貫、裕紀、そして俺の四人で構成されている。やっと一卓囲める人数だ。今の季節は夏真っ盛りの7月。暑くて仕方ないが、田舎の小さな中学校のそのまた小さな弱小部に冷房器具なんか渡されない。団扇だけが頼りだ。そして今日、珍しくトップは俺、三月圭介(みつきけいすけ)。ニチャは裕紀、サンチャが一明、そしてラスが貫。ここまではほとんどいつもの通りといったところだ。
「さあオーラスだ! こっから逆転だぞぉ」
と、貫がいきり立ったのを皮切りに皆が山を次々と積んでいった。そして、ラス親の貫が勢いを付けて賽を振る。目は五。牌を貫の山からとって行く。
一巡目、貫は八ソウを捨てた。裕紀が南を捨て、それを貫が喰い一万を捨てた。
(ラスで一巡目から役牌鳴くってこたぁ、大物狙いか)
俺はそう思い手牌を確認し、色々考えていた。そのうち裕紀が北を捨てた。それも貫が喰い、発を捨てた。
「へヘェ。怖いなぁ」
俺が言うと貫がにっこり微笑んだが、裕紀のほうを見ると首に青筋を立てて、顔をしかめていた。数十秒後、裕紀は西を捨てた。
「おっと、それもポンだ」
貫の顔が明るくなる。そして、迷った後中を捨てた。
(おいおいおいおい……まずいぞ)
貫の手で今見えてるのは、
■■■■ 北北北 ポン 西西西 ポン 南南南 ポン
上の図の通り。どう見ても異常だ。まさか貫の野郎。
「まさかなぁ、まさかなぁあ」
と、裕紀が引きつった笑いを浮かべながら一ソウを捨てた。
「へっへっへ、そのまさかでーして。ロンっ!」
貫が牌を倒した。
東東東 1索 北北北 西西西 南南南
「大四喜っ!親役満で48000だぜ」
裕紀が鬼のような形相で立ち上がった。
「てめえ! 積みやがったな! んなろーっ」
「大四喜十枚爆弾といったところで」
貫はぺろっと舌を出していかにも申し訳なさそうに合掌した。
「出目徳の技じゃねえか、すげぇなお前」
糸田が感嘆の声をあげた。俺もついつい驚きと積み込みの華麗さに声が漏れた。だがしかし、部室の壁には「積み込み・イカサマ禁止!!」と書いた張り紙が、これはこの麻雀部の部長を務める裕紀が書いたものである。
「すごくてもなんでもとにかくだめだぁ! 俺は部長だぞっ」
裕紀が吼えたが、
「部長ってもなあ、形だけだし」
「な」
糸田と貫がそういって、やまを崩し洗牌し始めた。
「お前らわかってんのか、またすぐ大会があるのに」
二人の手が止まった。貫が山を積みながら。
「だから、その練習じゃないか」
と言った。そこでまた裕紀が吼える。
「馬鹿いうなっ! 大会で使うのは自動卓だぞ」
そういえば。うちの部では自動卓が無く、昔ながらの手積みだ。出来てから年月の浅い部活動であり、実績もないので学校は購入の検討もしてくれない。手積みは暖かい感じがしていい、とよくわからないことを糸田が言うが、先ほどのような積み込みをされるとやはり、自動卓がウチにも一台欲しくなる。
「大丈夫。コンビ打ちなら負けんさ」
と、貫が糸田と目を合わせ二人でにやりと笑う。しかし、去年の二人は二回戦までは上手く行っていたものの、休憩時間にちょっとした口喧嘩をし、三回戦はまるで息が合わずボロ負けしていた。
「今年は大丈夫なのかい」
俺が言うと、二人は、
「今年はなっ」
と、嬉しそうに言う。大会にはコンビで出る大会と個人で出る大会とがある。去年の中一のときは俺は個人で出て初戦突破は果たしたものの、二回戦で敗退した苦い記憶がある。今年は負けないと一年のとき誓った。
しかし、麻雀部部長佐東裕紀から意外な言葉が出た。
「いや、今年は俺と圭介がコンビで出る。お前らは個人で出ろ」