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私の右腕

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朝起きたら、右腕が自分の物じゃなくなっていた。
 丸子は朝起きて、のびをして、ベッドからおりようとしたとき気づいた。右腕がおかしい。違和感がして、寝てたときにでもひねったか、とか思って右腕を見ると、故障したどころかそれ以前の問題だった。右腕が、自分のものですらなかった。
 驚いた丸子はまじまじと昨日までは自分のであったはずの腕を眺めた。細いが、筋肉がきちんとついていて丈夫そう。色は丸子より濃くて、いかにも健康的な色合いをしていた。男の腕だな、と丸子は思った。服をめくってみると、肩にきれいに色の境目があって、肩のところまで別の腕になっているのだと分かった。
 しかし、驚きはまだ終わらなかった。なんと、腕が勝手に動くのだ。丸子の意思に反して、腕は腕の好きなように動いた。乱れたベッドを整えスリッパをそろえた。そういえば、目覚ましを止めたのも、右腕だったと丸子は思い出した。
 何故こうなったのか原因はさっぱり分からないが、考えていても何も分からないので丸子は普段通りに動くことにした。丸子は右腕がそろえてくれたスリッパをはいた。
 右腕はよく動いた。丸子は左利きだったので右腕が全く動かなくなっても何とかなっただろうが、右腕はよく動き丸子をサポートした。しかも丸子の意思とは別の意思で動いているようで、丸子が左腕で何かをしている間に別の用事を済ましてくれて、丸子は大変助かっていた。まるで、自分のことをよく知っている人間、あるいは自分がもう一人いるようだった。
 食事のときも、右腕は働いた。たいていお椀や茶碗を持つだけだったが、まるで丸子の思考を読んだように右腕はマヨネーズをしぼり出したり皿を支えたりした。自分の腕よりもよっぽど便利で、この右腕はいつまで私の右腕になっているのかな、と丸子は思った。
 いつも通りの時間に仕事へ行くと、上司の山本さんがにこやかに手を振ってむかえてくれた。長い袖に隠れていてはじめは分からなかったが、昨日まで丸子のものだった右腕だった。
「僕の右腕はどうかな?」
 話を聞くと、山本は丸子のことが好きで、自分の有能さを間近で体験してほしくて右腕を派遣したらしい。
「とっても素敵です。私の腕、返していただかなくて結構ですので。」
 どこからどうみても男性の右腕は、私の意思をくみ取って女物のスーツから顔を出し、昨日までの私の腕にさよならの挨拶をした。
作品名:私の右腕 作家名:こたつ