雪光
ここは、聖王都(セイルーン)。
私の父が、第一王位継承者として、国を治める代行をしている。
私は、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。この国で、巫女頭をしている。
今日は、巫女頭として、年に一度、国の穢れを払う為のマナ(霊鎮め)を付与する日である。
朝から、その準備のため、周りの者が慌ただしく動き回っている。
私は、巫女としては、久しぶりの公務であったため、珍しく緊張していた。
このマナを付与する行事は、毎年必ず行われる、恒例行事の一つでもあるため、
本来なら、こんなに緊張することもなく、簡単に終われるはずの公務だった。
しかし、今年は、例年と違って、私には迷いがあった。
リナさん達と出会い、共に旅をしてきた私は、戦いを続け、諸国を回り、様々な苦悩を乗り越え、
精神的にも、以前とは違い大きく成長をしてきた。
そんな中、旅の友として苦楽を共にしてきた男性に、異性としての好意を持ってしまった。
それは、将来、その人とずっと、共に暮らしていきたいと思えるほどの、強い愛を、その人に抱いてしまった。
長い戦いが終わり、今は、合成獣とされてしまった自分の体を、元に戻す為の旅に出ている彼と、
だいぶ離れたこの国で、私は以前と同じように、巫女頭として努めている。
私は、戦いが終わった後、彼に、セイルーンまで送ってもらった。
その翌日に、又旅に出るだろうということは、私もわかっていた。
離れることが辛かった私は、その日の夜に、彼のいる部屋へ行き、自分の代わりだと言って、
普段から身に着けていた、自分のアミュレットを手渡し、目的を果たし、元の体に戻れた時には、
このアミュレットを私に返しに来てほしいと告げた。私の彼への気持ちは、すでに、彼も知っていた。
彼からの気持ちは、はっきりとは伝えられてはいなかった。けれど、人間の姿に戻れた時には、
私を迎えに来てほしいという意味がある、その約束を彼は、とても優しい笑みを浮かべて了解してくれた。
私は、そのまま彼に優しく抱きしめられ、耳元で小さく、彼の私への想いを告げてくれた。
私は、マナの付与の際に、いつも準備部屋として使用しているこの場所で、
彼に渡しているアミュレットのあった右手首を、左手で押さえながら、目を伏せて悩んでいた。
国を治める父を持つ娘として巫女頭となり、幼いころから国の為に祈りを捧げてきた。
セイルーンという国が、その国に住む国民が大好きで、その者達を、正義を揺るがす悪の手から、
守り抜くことが私の使命だと、ずっと、言い続けてきた。
しかし・・・・。
「アメリアさん・・・・」
静かな部屋の中で、ふと名前を呼ばれ振り返った私の前に、
今日、着るために用意していた巫女服を持ったシルフィールの姿があった。
彼女は、サイラーグの壊滅後、叔父のいるセイルーンに移り住み、巫女として、
こういう式典等の時には、私のお手伝いをしてくれることが多かった。
彼女は、国の中で、唯一、私の事情を知っている人。そして、彼女もまた、別の男性に恋をしている。
私は、同じような立場でいる彼女に、ときどき悩みを打ち明けることがあった。
「シルフィールさん。いつもありがとうございます。
軍の救援部隊のお手伝いもしてもらっているのに、私のお手伝いまでしていただいて…。
サイラーグの巫女頭だったあなたに、させるようなことではありませんね。ごめんなさい。」
「いいえ、アメリアさん。いいんです。セイルーンの巫女頭は、アメリアさんです。
私は、今は、巫女頭でも何でもありません。ただの、一巫女です。そんな私が、
巫女頭であるアメリアさんのお手伝いができるだけでも、嬉しいことなんですよ。」
「シルフィールさん・・・・」
「私のいた国では、巫女である女性が恋をしてはいけないなどという決まりはありません。
巫女として、結婚されても続けてなされている方もいらっしゃいます。
実際に、巫女頭だった頃の私も、ガウリイさんをお慕いしていましたから。
一人の方を思う心が、そんな純粋で綺麗な心が巫女として最高の祈りを捧げることになるんです。」
「あ・・・ありがとうございます!!」
にっこりと微笑みながら、そう言ってくれたシルフィールさんの言葉に、私は目を潤ませ、涙を止めることができなかった。
本来、巫女というものは、「未婚の若い女性」が務めるのが一般的だとされ、好きな人との結婚を心待ちにしている私には、
そんな資格がないと、ずっと悩み続けていた。そんな私の迷いに、ポンと、背中を押してくれた言葉だった。
彼女に差し出された真新しい巫女服を身に纏い、神殿へと足を進めた。
その目には、先ほどの迷いや不安は一つも感じられず、凛とした空気が張り巡らされ、辺りに柔らかな気が充満していた。
祭壇の手前に、私は両膝を付き、両手を組み、頭は深々と下げられ、目は閉じている。
そんな私の様子を、祭壇から少し離れた、数段低い位置から、その光景を見るべく集った国民たちが、
静かにその姿を見つめていた。
私は、下げていた頭を上げ、目をゆっくり開けると、その視界には、祭壇から見える冬の雪景色と、
それに反射されて注ぐ、日の光が、優しく私を包み込んでいるのが見えた。私は、静かに大きく息を吸い込み、
その物音ひとつ聞こえないこの場所に、マナの言葉を大声で唱えた。
長いようで短い、この恒例行事を無事に終え、私は、神殿を離れ、シルフィールや他の巫女達は、
その後の準備や片づけなどを手伝うといい、その場に残ることになった。
今年の私の祈りは、大好きな彼を思い言葉を綴った。私の祈りが、彼のご加護となるよう、心を込めて、
純粋に彼の無事を祈った。そして、その純粋な思いが、この国の穢れの浄化となるように。
唱え終えた後、私を包み込む太陽の光が、さらに暖かく、優しい光で包まれたような気がした。
まるで、近い将来、彼と一緒に旅が出来ることを教えてくれたかのような、そんな予感までしてきた。
後日、父さんから正式に依頼されたゼルガディスさんが、セイルーンの国王代理兼、私の警護という名目で、
一緒にリナさん探しをすることになるとは、その時はまだ、私は知らなかった。