壁の中の・・・ ―ひとかげ―
(体験者:アントニーニョ)
突然だけど校舎裏って、普段あんまり行かないトコだよな。秘密の会議とか、先輩からの呼び出しとか……あ、告白のメッカとか! え、古い?今はどうなんだろうなー。
んで、オレが通ってた学校の校舎って、結構古かったんだよ。前の校舎は木造立てでよ、それが火事なんかでボロくなったからーって立て直して、そのままずっとだから。何年になるのか先生でも分かんないくらいだ。今は知らんけどな。
オレが話すのはそのとき噂になってたカベオンナの話だ。
……あ? 貧乳女?違ぇーよ! カベオトコの女バージョン!
しらね? 殺された死体が壁に塗り込められて、それがバケモノになったーってやつ。
校舎裏の空き教室に面した壁の中に、女が住んでるっつう噂があったんだ。文字通り壁ン中にさ。そしてその女はときどき壁ン中から抜け出してな、近くにいた人間を引きずり込むんだって。
小学生(チビガキ)って好奇心旺盛だから、そういう話を聞くと行ってみたくなるだろ。それで、やっぱ確かめに行ったヤツラがいたんだ。
そのチビスケどもってのがモチのロン、オレと、タキとカイセイってダチ。
オレらは放課後、授業が終わってからこっそり校舎裏に向かった。ここで誰かに見つかると、お前らあんな噂信じてるのかよーとか馬鹿にされかねねーからな。
オレらはおっかなびっくり校舎裏に向かうと、問題のカベオンナが住む壁というのはすぐに見つかった。なぜならその壁には、ちょーど人間の影のような染みが浮き出てるからだ。それも噂になってた。そしてその染みは、上からなんどペンキを塗り重ねても、板とか貼っつけても、再び現れるだってことも。
オレらは横一列になってそっとその染みに触ってみた。
染みのトコとそうでないトコと、感触は全く変わんなかった。すすけてて、ざらざらした、ただの壁。別にこれといったホラーなことは起こらない。
噂じゃー触れるとすぐに引き込まれちまうって話だったから、オレらはほーっと胸を撫で下ろした。
なーんだ。うそだったのか。
安心したよーな残念なよーな、そんな気持ちだった。
ところが。急にタキがさっと顔色を変えたんだ。
オレたちがどうしたのかと口口にきいても、肩をガクガク震わせたまま、無言で壁を指し示すだけ。
怪訝に思ったオレらが壁のほうを見ると、オレらもなんかおかしなものを感じた。
なんかさっきとは、染みの形が違う気がしてさ……。
おかしいな。
オレが言った。
なんかちがうようにみえるな。
ぼくにもだよ。
カイセイが言った。
ぼくにもちがうようにみえる。
タキも言った。
ちがうようにみえるにきまってるよ。さっき、あれがうごいたの。あたし、みたんだから。まるでたいそうしてるヒトみたいに、うでをあげさげするように、うごいたのよ。ほんとよ。
オレとカイセイは顔を見合わせ、もう一度その染みを見つめた。
なーんの変哲も無い、ただの黒ずみ。
きのせいだよ。
カイセイが言った。
きのせいだって、コワイコワイとおもってるから、そうみえちゃうんだって。
でもタキの声は完全に裏返って引きつってた。
タキのビビリっぷりにオレらまでも怖くなってきて、そうだよ、きのせい、きのせいなんだよ。
言い合って、一刻も早く逃げようとした。
その瞬間。
ひい。
タキが短く悲鳴を上げた。
こんどはなんだよ。
オレがそう言おうとして、思わず口を噤んだ。タキが息を呑んだすぐ理由が分かったから。
黒ずみは最初、一人の女の影だった。腰から先が膨らんでいたのは、たぶんスカートを履いて(?)るんだろう。
しかし今、その黒ずみの左右に、同じような人の形をした染みが一体ずつ浮かび上がってきていたんだ。たぶん、大人の男と五歳くらいの子ども。
さっきまで、なかったのに。
タキがしぼり出すようにして言い、オレもカイセイも青ざめて壁を凝視する。
すると――三体ぶんの染みのまた上下左右に、また同じような染みがじわじわと浮かび上がってきた。
人の形をした染みは、どんどんと増えてく。染みがその壁の色にとってかわってしまうくらい。
それと同時に、なにやらうめき声のようなものが聞こえてきた。
あ、あ、あ。
オレらはがくがくと震える足で、なんとかそこから逃げようと踵を返した。タキ(女の子だからな!)を真ん中にして、オレらが左右でそれぞれ手を握り合い、転びそうになりながらも走り出す。
助けてくれえ、ここから出してくれえ――。
そんな悲鳴が聞こえた気がしたが、オレらは振り向かずに走った。
オレ達は二度と校舎裏には近付かなかった。たとえ、誰がなにをはじめてもな。
終わり!
作品名:壁の中の・・・ ―ひとかげ― 作家名:狂言巡