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漂礫 四、

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四、


 新しい着物をもらったはずなのに、風は相変わらず古い着物を着ている。
「どうして着ないのか」聞くと、
「親方の家に置いてきた」と答えた。
「せっかく仕立ててもらったのに」
 二人でそばを頼んだ。大きな町で、人も多い。そば屋も賑わっていた。
「どうせ歩き回って汚してしまう。また戻ってきた時に着たいから置いていくと言った」
「俺に着いてこなくても。親方の家にいてもよかった」
「親方に迷惑がかかるから駄目だ」
「あの家には人がたくさんいるから、お前がいれば何かと助かるはずだ」
「そういう意味の迷惑ではない」
 そばをすすった。旨い。荷台に薪を積んで引いている老人が、そば屋の前で止まった。荷台の薪の上に小さな子供が座っているが男の子なのか女の子なのか分からなかった。
「聞かないのか」風が言った。
「何を」
「私がいれば、どんな迷惑がかかるのか」
「聞けば、教えてくれるのか」
 風は考えているようすだった。
「俺にも、その迷惑ってのは、かかってくるのか」
「多分、な」
「迷惑な話だ」
 店に、侍が二人、入ってきた。大きな声で、疲れただの忙しいだのと騒ぎながらそばを頼んだ。大声で話し続けている大柄な侍と、その話を黙って聞いている色白で華奢な侍の二人だった。
 今朝も一人斬られていた。
 大きな声で、侍が話している。これで何人目だ。お前らが夜回りを手抜きするから悪いんだ。色白な侍が責められている。
 侍にそばを運んだ店の亭主が、大きな声で言われていた。
「怪しいやつが、この店に来たら、すぐ俺に知らせろ」
 店の亭主は頭を下げた。
「な、こうして飯を食いに来ても、仕事のことを忘れないようにするんだ。お前みたいに、時間を無駄に使ってるばかりじゃ解決なんてするわけがない」
 大声で侍が言う。
 風と二人で店を出た。せっかくのそばが台無しになった気分だった。
 通りに人だかりが出来ていて、その中心に刀を持った男が巻き藁を前に喋っていた。
 どうやら巻き藁を真っ二つに斬ることができれば、払った銭を倍にして返してくれるらしい。失敗すれば銭は戻ってこない。面白い商売もあるものだ。
 何人かが挑戦した。巻き藁に刀が食い込んだまま抜けなくなり笑いを誘ったりもしていた。巻き藁を前にした男が俺を見て言った。
「その大きな体のお侍、いっちょ挑戦してみないか」
 一斉に俺に視線が集まった。
「本当に倍にして銭をくれるのか」
「当たり前だ。それをしなかったら、もう誰も挑戦なんてしてこない。俺の晩飯も食えなくなるだろ」
 俺は銭を探した。風が俺の腕を押さえて、「やめておけ」と言った。
「俺に、あの巻き藁が斬れないとでも思っているのか」
「そうだよ、奥方。あんたの亭主を信じなって」男が囃し立てて言う。「だけど、お侍、あんた腕っぷしが強そうだ。ここいらにいる力自慢とはわけが違う。だから、今までの挑戦者と同じ料金とはいかねえ。わかるだろ」
 そりゃあそうだ。口々に集まっている連中が言った。
 男は続けて言う。「だけども、見事、真っ二つにできれば、間違いなく倍返しだ。どうだね、挑戦するか」
「俺がここで一両だしても、ちゃんと二両払うか」親方にもらった金がたくさんある。
 集まっている連中がどよめいた。
「当たり前だ。それが商売ってもんだ」
 風がもう一度、言った。「やめておけ」
 後ろから大きな声がした。
「俺たちが、やろう」
 さっきのそば屋にいた二人組の侍だった。
 人だかりを掻き分け、巻き藁の前まで進んでいった。
「まず、お前がやってみろ」
 色白で華奢な侍に言った。驚いたように大きな侍の顔を見ていた。
「お前だって侍だ。日ごろからちゃんと精進しているのか、ここで俺が見極めてやる」
 色白な侍は懐からいくらかの銭を出した。困惑した表情のまま自信のないそぶりで刀を抜いた。人だかりが少し下がった。目の前の巻き藁が真っ二つになるような気がした。
 華奢な侍の刀は力なく巻き藁につかまり、動かなくなった。笑いが起こった。抜けない刀を懸命に抜き取ろうとしている華奢な侍をいらいらした様子で、大柄な侍が怒鳴った。
「どけ」
 銭を投げつけるように男に渡すと、巻き藁につかまったままの刀を一気に抜き取った。
 集まっている連中が静まり返った。
「斬り痕のある巻き藁じゃつまらん。新しいやつを持ってこい。俺が真っ二つにしてやる」
 用意された新しい巻き藁を睨みつけ、大柄な侍は気合を込めて一気に切り下げた。
 真っ二つになった巻き藁が転がると拍手が起こった。侍は支払った倍の銭を受け取ると、
「日ごろの鍛錬のなせる業だ」と大声で笑った。

 おかしいな。
 結局、俺は挑戦しなかった。旅籠に泊まり、夕食もすませた。
「何がおかしいのか」風が聞く。
「あの侍、巻き藁を斬れると思ったんだが」
「斬ったではないか」
「大声の馬鹿ではないよ。華奢な体つきの侍だ」
「斬れるわけない」「確かに、あの力のない踏み込みでは斬れないが、刀を抜いたとき斬れそうな気がした」
「あの巻き藁は武蔵でも斬れない。斬れないように細工されていた」
 驚いた。
「大きな体のお侍が斬るとき、巻き藁を替えていただろ」
 と、風が言う。
「じゃあ、あの小さいほうの侍は、それを知っていてわざと踏み込まずにいたのか」
 風は首をかしげて答える。「それは知らぬ。あの大きなお侍に、剣術を見せたくなかったのかもしれない。とにかく、大きなお侍と巻き藁屋の男は仲間だよ。武蔵は危うく騙されるところだった」
 なるほど、面白い商売があるものだ。

 翌朝、旅籠を立つ用意をしていると、玄関から声がした。昨日の侍だ。
 声が大きい。
 旅籠の主人が部屋へ入ってくると同時に、例の二人組も部屋へ来た。
「てめえ、改めさせてもらうぜ」俺に言った。
「何の話だ」
「今朝がた、男と女が斬られて死んでいた」
「物騒だな。悪いが俺は関係ない」
「女は夜鷹だ」「お悔み申し上げるよ」「男は」「別に興味ない。悪いが出ていってもらおう」「侍だ」「お前さんみたいに、日々の精進を積んでれいばよかったのにな」「ふざけるのはやめてもらおうか」「それは俺の台詞だ」
 侍は俺を睨んだまま、続けた。
「最近、この町で怪しい男といえばお前だけだ。侍を斬るってのは、よほど腕っぷしが強くなければできない」
「じゃあ巻き藁を見事斬れるお前さんにもできるな」
「なんだと」
「怒るな。俺とやり合うか」
 大声の侍を見た。睨み返してくるほどの余裕はないようだったが、その後ろにいる華奢な侍のほうが気になった。
「とにかく、お前には見張りを付けさせてもらう」「勝手にしろ」「身動きの取れない間は、辻斬りもおこらないだろう。そうなればお前をお縄にする」
 迷惑な話だった。
 この町を出ようとすればますます怪しまれる。見張りを立てられている間に辻斬りがおこらなければお縄になる。
 旅籠の部屋で寝転がってあくびをした。
 風は買い物に出かけて行った。「きっとお前にも見張りが付いている」「見張りがいたところで、私には関係ない」
 確かにその通りだ。
 旅籠の主人が茶を持ってきたので、「見張りがいるか」聞くと、店先で退屈そうにほかの客を睨んでいる。と迷惑そうに言った。
作品名:漂礫 四、 作家名:子龍