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檀上 香代子
檀上 香代子
novelistID. 31673
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細い溝と糸

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             細い溝と糸      
                             檀上 香代子

 啓は、時計の針を見ながら、心臓を締め付けられ胸に重石が乗った様な苦しみと不安と戦っていた。針は十二時を指している。高校中退した十七歳の清子が、三十五歳の小規模会社取締り役、大下と結婚したいと言って一週間後、大下が挨拶に来た。結婚を前提の交際を認めたところ、その翌日から娘は帰宅しなくなった。そして昨日、二人で清子の荷物を取りに行くと連絡があり、啓は待っているところだ。清子との間が、高校の登校拒否事件から母子の気持ちがすれ違い、母と娘の間に細い溝が出来、わずかな糸が繋がっているという状態だ。啓は、息子の言葉を思い出していた。(お母さん、今の時代、結婚の失敗が大きなダメージにはならない。首輪をという訳も行かないでしょう。清子は経験しなければわからないタイプ、見守るしかない。傷ついて戻る事があれば、受け入れ、ケアーしてやればいい。清子が選んだ芝居の肥やしだと思って、自分が病気しない事だよ。)判るが、心臓のつぶれそうな痛みは収まりそうも無い。表に自動車が止まる音が聞えた啓の顔は、自然にこわばってしまった。(お邪魔します。)と大下と清子が入ってきて、嬉しそうに荷物を運び出す二人。啓は、最後の抵抗のように大下に声を掛けた。(娘は、私から自由になりたいという年齢から、大下さんを選んでいると思っています。未成年の娘を連れて行くからには保護者の役目もあること忘れないで)大下は(判っています。大丈夫です。収入も同年代から見ると高給取りですから。)(そう、娘から、籍を入れるからサインをといわれたけど、サインは出来ませんから。)それを耳にした清子が(どうして!)と強い語調で啓に詰め寄った。(なぜ?そんなに急ぐの。)(だって、籍入れれば、扶養手当がでるんだって!)怒りを含んでいる。啓は大下に向かい(その手当てがないと食べていけませんか?)(いえ、そんな事無いです。)と大下と怒る清子に(じゃ、二十歳になって自分の責任で持って行って!私は結婚の責任はもてません。)すごい剣幕で泣きじゃくる清子。大下はムッとしたまま車に乗り二人で走り去った。三ヵ月後の今日も啓は、時計を見ながらソワソワ落ち着かない。昨夜清子より一DKから二DKのマンションを借りるまで、一人で帰っていいかと連絡がありいいと返事をしたが、電話の感じでは、自分で選んだ事であったが、きっと、帰らない、別れるだろうと予感している啓である。

作品名:細い溝と糸 作家名:檀上 香代子