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徴税吏員 後編

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「極端な話、民間なら客を選べる。選り好みも自由。しかし、公的機関はそうはいかない。あらゆる人に公平に接しなければならない責務がある。NGかどうかはともかく、「公平・公正」を一番に考えるなら、法令通り、杓子定規にブレない対応をするのが「公平・公正」な対応じゃないかな?それで何か秩序を守ってそれを県政の発展につなげる。それこそ役人冥利につきると思うけどな。実は法令通り・杓子定規の重要性を説いたのは私だけど、大沢はよくそれを理解し、実践しようとしていた。」
 狩野はこう返した。
「ま、行政って法令を執行するのが仕事だから「公平・公正」が一番大事なんじゃないかな?それが理解できないならちょっと苦しいかもしれない。それと応対の冷たさは別の話と思うけどさ。」
 田村がそう付け加える。
 大沢にメンタル疾患の既往症があることは意外だった。まだ和には理解できないところがあるが、大沢の姿勢にも一定の信念があってのもののようだ。

 仕事に戻った和は羊田に大沢観について聞いてみる。羊田は
「強い人です。法令を武器にどのような批判にもブレない。私は「敵対を恐れるな」と言われたことがあります。今は大沢さんの姿勢を学んで少しでも追いつきたいと思っています。」
 かつての自分の教え子が大沢色に染まっているのは一抹の寂しさがあった。しかし、その教え子に一つの信念が生まれているのは頼もしいこととも思えた。
窓口嘱託職員の免田英子にそれとなく話しかけてみる。免田は
「大沢さんは窓口の経験もあったようです。」
 確かに、大沢は窓口が混雑しているときはよく駆けつけ、仕事の捌き方を的確にアドバイスしているのを思い出した。ただの冷淡人間というわけでもなさそうだ。
「ちょっと怖いけど、真面目すぎるからそう見えるだけなんだと思ってます。」
 そうなのだ。ただ怖いのではないのだ。真面目すぎるから厳しくて怖く見えるだけなのだ。

最終話「公務執行妨害罪です~ゴネ得は許さない」

 租税は契約ではない。普通の物やサービスの売り買いとの大きな違いはそこにある。契約なら売るのも買うのも原則自由、意思が合致したときに互いに債権債務が生じる。しかし租税は意思に関係なく、外形的な要件に該当すれば一方的に課税され、一方的に徴収される性質を持つ行政処分である。それは、納税義務者に一方的に支払の義務が生じる一方で、行政の側にも、公平・公正に課税・徴収を行う責務がある。例え相手が危険人物であっても、要件に該当するなら他と同様に課税し、徴収しなければならないことを意味する。
 それは、税務以外でも「行政処分」のように法的拘束力の高い業務を行う部署なら似たようなものである。和の希望する福祉やまちづくりの部署でも、様々な法令が絡んでおり、自由意志だけで務まるものではない。
また、いわゆる独占企業のため、客にとって選択肢がない一方、行政の側も客を選べない。他にライバル企業がないから、どのような客層でも相手にしなければならない。行政とはそういう宿命を負っている。
 和は入庁5年目にして、自分の仕事の重大さに気付き始めていた。自分の職業観が甘く、とんでもない重い仕事を背負っているのではないかと思うようになっていた。「公平・公正」この言葉がずしりと心に響いていた。それを行動で突き詰めていくと、大沢のようなキャラクターが生まれるのだろうか。

 その影響ではないが、珍しく和が差押に向かった。場所は隣県の銀行だった。
 その最中、一本の電話が鳴る。羊田が取る。どうも和から差押えられた滞納者からのようだ。和がこの滞納整理カードを持って出ているため、これまでの顛末がわからない。和がまだ戻っていないことを伝えると戻ったらかけ直すよう言われた。
 和が戻る。羊田からのメモを見て、その滞納者に電話をかける。すると、
「1ヶ月の生活費をほとんど取り上げるなんてひどすぎる。担当者を殺す。振興局で自殺する。夕方にそちらに話に行く。」
 と言われた。田村に報告する和。それを聞いていた大沢は、
「脅迫だ。立派な公務執行妨害罪だ。これを見逃せばゴネ得を許すことになる。」
 和にICレコーダーを付けて電話するよう言わなかったことを悔やんだ。
 狩野もこの滞納者を相手にする気満々である。大沢はこういうのに打ち合ってはならないと進言するが、狩野は
「我々には説明責任がある。」
と言う。
「生活費取り上げられて相手が冷静に説明なんて聞くわけがない。相手はゴネて無理矢理自分の要求を通すのは目に見えている!なんでみんなわからないんだ!!」
 大沢が珍しく声を荒げた。しかし、少し落ち着き、
「課長、仮に相手が来ても5分程度で話を打ち切って追い出してください。それでも相手が応じなければ不退去罪で警察を呼びます。」
 と言い、狩野には5分で話を打ち切るよう進言し、後輩数名に念のため刺又を準備し、厳戒態勢で臨むよう言った。

 勤務時間終了から間もなく、滞納者が現れる。大沢が滞納者を通すが、中には通さない。ロビーのテーブルに誘導する。追い出しやすさや、不特定多数の目につくことで威圧感を高める狙いがあった。
 肩透かしを喰らった表情の滞納者、しかし差押に対する苦情をひとしきり述べ、「差押えた預金を返せ!他に財産ならいくらでもあるはずだ」と声を荒げる。
狩野は淡々と断り、これは税金に充てる旨返答する。すると、
「なんだと!」
 滞納者は怒りに任せ机を叩いた。狩野は大沢にサインを送った。大沢は即時警察に通報。滞納者は駆けつけた警察官に公務執行妨害罪の現行犯で逮捕された。

 このことは当日のニュースになり、局内は大騒ぎになる。
 狩野・田村は局長や総務部長、本庁などへ説明に追われる。そのような光景を見ながら和は大沢へ聞く。
「私のやったことは間違いだったんでしょうか?」
 大沢はこう返した。
「これが俺らの職命だ。昔、自分も同じようなことをやり、同じように騒ぎになり、真面目に徴収するのが馬鹿らしくて投げ出しそうになったことがあった。その時の当時の係長だった狩野課長の一言に救われた。
「大沢君は真面目だから、こんなことでその姿勢を変えないでくれ」
警察や消防の次ぐらいに生命の危険にさらされながら、税の秩序守るのが我々の職命だ。」
「こういう覚悟も必要なんですね。」
 和が言うと大沢はこう言った。
「弱者だって本当の弱者と弱者を装い利権を貪る自称弱者がいる。法令を学んで、それを見抜く目が要るんだ。」
 ちなみに、その滞納者は自分の立場が悪くなれば恫喝して追い返すのが常套手段だったようだ。この差押も4年前の滞納に対する差押である。過去の顛末を読みながら大沢がつぶやいた。
「こりゃ差押えて当然。むしろ遅きに失したぐらいかもしれないな。」


 その後、和は目覚しい滞納処分実績を残し、局もトップの徴収率を保持し続けた。

 そして3月になり、異動の内示の日、和は児童相談所へ異動を言い渡された。

 3月31日の終業後、身辺整理を済ませ、和が皆に挨拶をする。大沢はそれに返す形でこう言う。
「オマエの希望通り福祉の職場だが、税務とはまた違う厳しい現実が待ってるぞ。」
「はい、それは覚悟しています。お世話になりました。」
作品名:徴税吏員 後編 作家名:虚業日記