眼力
駅から店へと向かう途中、思いがけない人物を見かけた。
「あ……」
足を止めた由依の様子に、その人物もこちらに気付く。
「由依」
倉持だった。付き合って4ヵ月になる。会社の最寄りの駅がここだとは知ってはいたが、こんな早い時間に会えるとは思いもしなかった。
倉持はいつもと変わらないゆっくりとした足取りで歩み寄る。
「飲み会か?」
「あ……ん。サークルのみんなとで」
「ああ、そうか。吹奏楽だったよな」
「うん」
仲間たちの輪に、一歩足を踏み入れる倉持。
「由依がいつも世話になってます。迷惑かけてませんか?」
「あ、いえ。こちらこそ由依さんにはいつも助けてもらってばかりで」
部長を務める優子が、どこかしどろもどろで答える。
穏やかな眼で、倉持はそれを聞いている。
「邪魔をしたね。楽しんでこいよ」
軽く目礼をして去っていく彼。
残された一同―――というよりも女子が、止めていた息を一斉に吐き出す。
「由依先輩のお父さんですか?」
「なに、なんかかっこいいんだけど」
「『邪魔をしたね』って、全然邪魔じゃないっての!」
「あー、ウチのオヤジもあんなだったらいいのに~!」
「……。や、……えと……、彼氏、なんだな」
数瞬の沈黙のあと。
「ええええええ~ッ ! ? 」
女子の間から黄色い悲鳴が上がった。
「なにそれ、うそ、なんであんな年上なのーッ ! ? 」
「幾つ離れてるのよッ ! ? 」
「ええと、24歳くらい、かな」
「倍以上じゃん ! ! ! 」
「なんでなんで! ちょ、どこで知り合ったのよ!」
「ええと、ええと」
―――由依は知らなかった。
(彼氏なのかよ、おい)
女子たちにつつかれている由依の背中では、男子たちが意味ありげに視線を交わし合っていた。
(いまのってさ)
(だよな)
(やっぱそうだよな)
(こ、怖ェェェ……!)
倉持は穏やかに挨拶をしながらも、さりげなく、強い意志を眼差しに乗せて、男どもを牽制していたのだった。
彼らが顔面蒼白で固まっていたのを、由依は最後まで知らなかった。