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高萩ともか
高萩ともか
novelistID. 34881
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ケジメ

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「じゃあ、もう帰れ」
 高校の文化祭の打ち上げが終わり、吉井とさりげなくふたりきりになれた紗月に、彼は教師然として言った。
「まだ時間遅くないし」
 深い闇に街灯が煌々と灯っているとはいえ、時刻はまだ21時前。塾からの帰りを思えば早いほうだ。
 だが、吉井はがんと首を振る。
「だめだ。帰りなさい」
「打ち上げで遅くなるって親に言ってあるし」
「だからいいってわけじゃないだろ? 時間の問題じゃない」
「……」
 紗月の想いは伝えてあるし、吉井も応えてくれたはずなのに、ふたりの仲はなかなか進展しない。
「一緒にいたいんです」
「気持ちは判るけどな」
「どうして? せっかくふたりきりになれたんだし、ご飯行くとかコーヒー飲むとかくらいいいでしょ?」
「ダメだ。送るからそれで我慢しろ」
「いや。帰りたくない。ねえ先生ってば」
 紗月は駅へ向かおうとする吉井の上着を引っ張った。
 振り返った吉井をじっと見上げる紗月。眼差しに精一杯の想いをこめて。
「―――頼むから、困らせないでくれよ。そんな顔するなよ、おれだって一応男なんだぞ」
「好きって言ってくれたのは嘘だったんですか? 好きな相手と一緒にいたくないんですか?」
「好きだからでなんでも通るのは、学生だけなんだよ。ほら。だから。襲われても知らんぞ」
「先生になら襲われてもいい」
「!」
 これは嘘なんかじゃない。勢いで言ったわけでもない。
「先生なら、いい」
 先生になら、いや、先生にそうされたい。
「莫迦やろ。言っていいことと悪いことがある」
 どこまで本気か判らない、吉井の低い声。
「嘘じゃないよ。ホントだよ、先生だっ」
「やめなさい」
 鋭い声で止められる。
「そんなことできるわけないだろが」
「できるよ。大丈夫だよ、あたしが同意したって言えば」
「騙されただけだと一蹴される」
「じゃ、酔ってたってことにすれば」
「教師が生徒の前で飲酒するほうが問題だろが」
 吉井の即答に、紗月は食い下がる言葉を見つけられなくなる。
 盛大な溜息のあと、吉井は額に手を遣り、切なげにうめいた。
「頼むよ。頼むから、おまえの未来を壊させないでくれ」
 懇願だった。
「どれだけお前が好きでも愛しくても、おれは教師だ。これはどうやったって変えられない。お前を守るためなんだよ。お前が大切だから、手は出せないんだよ」
 垣間見れた吉井の内面に、紗月は一瞬震えた。
「お前が卒業するまでは、絶対に手は出さないし、まわりにばれるような真似は絶対にしない。前にもそう言ったよな。それでもいいってお前言ったよな」
「……はい」
 想いを伝えたとき、確かに吉井はそう言っていた。
 そういう決意があったからこそ、吉井は紗月を想っていたと誰にも思わせなかったのだろう。
「ものたりないのなら、おれなんておっさんはやめるんだな」
「や。やめません」
 ぶるぶると首を振る紗月。
「なら、卒業するまでは我慢しろ。な?」
「―――はい……」
 しゅんとうなだれる紗月に、しかし吉井の艶っぽい声が続いた。
「卒業したら、それまでのぶんを取り戻してやる。覚悟しておけよ」
作品名:ケジメ 作家名:高萩ともか