迷子
「あ。す、すいません」
冬を迎えた街路は、ひと波にあふれている。
由紀はまたしてもすれ違いざま肩をぶつけてしまう。
(あ……、あれ?)
頭を下げたその視線を元に戻すと、目の前にいたはずの市川の姿がない。
(あたし、また迷子?)
さっと悪い予感が胸をよぎったときだった。
「由紀」
すぐそこに、こちらに目を遣る市川の姿があった。
すらりとした背格好。40歳を超えているとは思えないくらいカジュアルな格好が似合っている。
「また迷子になるぞ」
「わ、判ってるよ」
社会人1年目の由紀は、市川にとっては娘みたいなものなのだろう。ときどき子供扱いをしてくる。
反論しても、まわりに目移りしてすぐ迷子になるのは子供なんだと返されるだけだったが。
「それ、さっき聞いたばっかだと思うんだけどな」
「いじめないでくださいよぅ」
「だったら迷子にならないよう気をつけなさい」
心配させるな、と市川。
由紀はすっと右手を差し出した。
「? なに?」
「また迷子になるかもしれないから、その、手を繋ぎたい」
「小学生じゃあるまいし」
呆れたように吐息する市川。またバカにされてしまったと、由紀はしゅんとなる。
そんな由紀に、市川は左腕を軽く浮かせた。
「ほら。こっちだろ?」
だから子供なんだと言われるかもしれない。
けれど、由紀は満面の笑みが広がるのを抑えられなかった。
「はいッ!」
市川の隣に駆け寄る由紀。その左腕に、由紀は自分の腕を絡ませたのだった。