はちみつとれもん レンバージョン
甘いばかりじゃ刺激が足りない…
世の中匙加減が大事なんだと思う…
あいまいなバランスそうそれが大事…
飲み物で言うなら甘いココアより温かな
はちみつれもん…といったところだろう…
隣の部屋は朝から騒がしい…
仕事に詰まった隣の部屋の住人が奇妙なうめき声を上げている。
作業の着手が遅いほうではないのだが行き詰る事が多い彼女は
こうして一人悶々と落ち込むのであった。
不器用な上に真面目すぎる…長所でもあり短所でもある。
手伝ってやれることなら少し手を貸してやるのだが…
俺が出来る事はそういう作業の場合は無い…
追い詰めるわけでもなく早くやれとまくし立てて
出来る作業ではない事を
知っているからこそあえて何も言わない。
また…作業に没頭したは良いけどBGMが切れてるのか…
自分が不器用な事をめり込んで凹んでいるのか…
折角新しい歌を聞かせてやろうと思っているのにいつになる事やら…
新譜の楽譜に目を通すのをやめてふとオケを漁る…そういえば
彼女が好きな歌が入っていたはず…
隣の部屋に聞こえるだろうか…彼女の好きな歌を口にする…
少しでも元気が出るようにと・・・
面と向かって言うのは恥ずかしいけど少しでも元気になればいい…
そんな気持ちを込めて歌を歌う…
何曲か歌っていると隣の部屋が異常に静かなのが気になる…
もしかしてめり込みすぎて作業イヤになったんじゃ…
様子でも見に行ってやるか…と部屋のドアを開けた先には…
心配で見に行こうと思っていた張本人が座っている…
何故かマグカップを二つも持って…
そこに座らずとも声を掛ければいいのに盗み聞きかよ…
思わず溜息が出る。まぁ…俺が練習でもしているのかと思って声が
掛けづらかったのかもしれないが…
「そこで何やってるの・・・」
「えっと…これ…」
吃驚してるのはこっちも一緒なんだけどな…
彼女がパニくっている姿をしばらく眺めているのも面白いが…
チラリと俺のために入れたであろうと思われるカップを奪い
彼女の顔を覗き込む…
ばっ馬鹿…そんな上目遣いで困った顔するな…
不意打ちで…かわいいじゃねーか…
間が持てなくって言葉を続ける
「…作業」
「えっ…」
「作業終わったのかよ…」
「…まっ…まだ…」
「そう…」
「でっ…でもあと少しで終わるから…」
「じゃあ…さっさと作業すれば??歌なんて聞いてないで…」
不意打ちの攻撃でこっちも赤くなりそうな状態を隠したくって
奪ったカップの中身を一口飲んで彼女にばれないようにと
部屋のテーブルのほうへ逃げる…
彼女はそんな俺の言葉にしゅん…となっている
泣きそうな顔するなよ…赤くなったり落ち込んだり忙しい奴だな…
カップをテーブルに置き軽く髪をかきあげながら彼女が笑顔になる言葉を捜す…
「歌は後でも聞けるだろう??…俺新しい歌覚えたんだけど…」
まだ聞かせてやるとも言ってないのにしゅんと項垂れた彼女の
目はぱっと輝きを取り戻す・・・
「がっ…頑張ってくる!!」
「さっさとしないと音出し出来る時間なくなるぜ…」
「今から頑張るってば…」
自分の分のカップを持って彼女は自分の部屋へと戻ろうとする…
もしかして一緒に休憩するつもりで持ってきてくれたのかもしれない…
「なぁオイ…」
「なに??」
「これサンキューな…」
「どういたしまして!!」
彼女の満面の笑みを見て作業が速く終わる事を祈りながら
彼女の入れた甘く酸っぱい温かなはちみつれもんを飲むのであった。
作品名:はちみつとれもん レンバージョン 作家名:嵯峨千夜