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In der Stadt von einer stillen

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「に、逃げて…貴方は関係ないわ…」
 そして、首に掛けていたネックレスを握りしめ、鎖を引きちぎって俺に差し出した。
「これを…、ある人に渡して欲しいの。朝になれば彼女が、教えてくれる…」
 …彼女?引っ掛かる言葉だったが、俺はそれを受け取らずに彼女の手を包み、握り返させた。映像がまた微かに過る。彼女はこのネックレスを渡す為だけに逃亡してこの国に渡って来たようだった。その相手、その理由は――…目の前が真っ白になる。また、だ。特定の情報だけ、何かに阻まれたように見えない。
「自分で渡してやれ。大事なものなんだろう?」
「…でも、私はもう…」
「その結界を解ける奴を呼ぶ。それまで辛抱してくれ」
 少なくとも俺のタイムリミットは陽の差す夜明けまでだが、勝算はある。困惑する彼女を余所に俺は立ち上がり、肩を竦めて黒剣を砌の足元に投げ捨てた。そして両手を上げる。まさか人間風情に、こんな茶番を演じる羽目になると思っていなかったが。
「降参か?やけに往生際が良いな」
「呪術に学がない俺には手の打ちようがない。だが条件付きだ。俺も連れて行け」
「はっ、そんな条件を飲むと?」
 心底おかしそうに嘲る砌に、俺はわざと見せつけるように左手を握る。淡い紫色の光が炎のように燃えたぎると、東国人を捕らえた闇が再び蠢き、彼らをきつく締め上げる。
「う、うぁああっ」
「隊長…っ!」
「ちっ、自分から縄にかかるとは物好きな奴だ…!わかったからそいつ等を放せ!」
 仲間の悲鳴に砌は悪態を吐いて制止した。俺はすぐに東国人等を解放する。こちらの切り札を簡単に捨てることで、いつでも手は出せる余裕があることを先に示しておく為だ。砌はそれを悟ってか、しばし俺を睨んだ。他の連中が移動の準備を整える中、彼は大通りの街灯で照らされた俺の容姿に気付いてはゆるりと近づき、俺の顎を強引に持ち上げた。瞳を覗き込まれる。だが俺の眼は、別のモノを見ていて焦点が合っていなかっただろう。
「フン、紫か。王への土産くらいにはなるだろう。下手な事をしたらすぐに息の根を止めてやるからな」
 心底俺の事が気に入らないのだろう、砌は今にも噛み付きそうな眼で再度睨んでその手を放した。この気の強い男の過去が、ようやく見えた。何だ、こいつ…。
「留衣、立て。…手間をかけさせやがって」
「…い、痛っ!」
 砌は留衣の怪我などお構い無しに、その腕を引き上げた。彼女は歯をくいしばったが抵抗はせず、素直に手錠をかけられた。砌の気が一気に強くなって、近くに居た俺には一瞬、全身に痺れのようなものを感じた。
「…そうか、この男を信用するのか…?」
 砌は彼女を強く壁に押し付けた。留衣の悲鳴が響き、その服の紅い染みが広がる。
「ああぁっ…、み、砌…っ!」
「いい加減、立場をわきまえろ。お前が誓約を破ったおかげで…――!?」
怒鳴りかけた砌の声が、夜空にかき消える。遠目で見ていた東国人達が凍りついた。
「…彼女を丁重に扱え。首を落とされたくなければな」
 俺は音も無く先程投げた剣を拾い、砌の背後から刃を首筋に当て付けていた。周りの東国人が身動きもとれずに凝視している。奴等にはまたしても、俺の動きは見えていなかっただろう。
 砌は沈黙する。何度か肩で息をする後ろ姿は、殺意を強引に押し殺すようだった。そして静かに留衣を放す。俺はそれを確認してから剣を下ろし、それを砌に手渡した。鎖を差し出されては、同じように黙って手錠をかけられる。
「…従うフリをしても無駄だ。邪魔はさせないぞ…絶対に」
 その顔は、憤りの言葉とは裏腹に、複雑な表情だった。振り返ろうとした彼に、俺はただ一言、言わずにはいられなかった。
「…お前…、心と言動が、…まるで反対だ」
「……!?」
 虚を突かれたように砌は一瞬固まったが、振り向きもせず立ち去った。代わりに他の東国人がやってきて、俺達は連行された。


作品名:In der Stadt von einer stillen 作家名:一綺