暑いせいですよ
「そんなあ、涼音ちゃん。殺生な御無体なご勘弁な」
「ええい寄るな来るな! このむさ苦しいヒゲが!」
大杉涼音(19)は迫り来る山男的なむさくるしい男に蹴りをいれた。
「アーウチッ!」
「その反応が! その反応が暑苦しい! 消えろ今すぐ消えろさあ消えろ」
「俺のハートはこんなに燃えさかっアーウチッ!」
金的以下略。
「その顔で燃えるとか言うな!」
うずくまる山男を無視して、涼音は涼しさを求めて歩き出した。何か、何か見るだけで涼しくなるようなものはないのか。本人は気がつかないが、少々目を血走らせて歩き回るその姿は実に暑苦しい。
「涼音ちゃーん、今日もかわいいねぇ、ちょっとつきあってよ」
涼音が勢いよく振り向くと、そこには。
「1つ、いや2つでも3つでも教えてあげとくけどね。まずあんたのその日焼けサロン肌は最悪。暑苦しい鬱陶しい。それからそのシャツ。第3ボタンまで外してて、さらに下着も着てないのが最悪。暑苦しい鬱陶しい。あとそれ、磁気ブレスレットだか宇宙の神秘なる力を封じ込めたパワーアイテムだかなんだかしんないけど最悪。暑苦しい鬱陶しい」
こういった感じの野郎がいたのだが、涼音の罵倒に、「黙ってればかわいいのに」とか言いながらそそくさと逃げていった。
そこら中に牙をむいてるのに、そこら中から牙をむかれているような気分になった涼音の前にさっきの山男が見違えるような姿で現れた。
「涼音ちゃん、これでどうだ! 頭は爽やかな坊主頭。ヒゲはきれいにそったし、この涼しげな空色のポロシャツ。ピッタリとしたジーンズに極めつけはビーチサンダル!」
「坊主はある意味暑苦しいし、ヒゲがなくて顔が見えたほうがむしろ暑苦しいし、シャツは汗が目立つ色ですでに染みになってて暑苦しいし、ピチピチになっちゃってるジーンズは暑苦しいし、ビーチサンダルは存在が夏だというのを想起させて暑苦しい。何より気合が入ってるのが暑苦しい」
「そ、そんアーウチッ!」
金的以下略。
「今日は図書室に閉じこもってよう」
涼音は山男を放置して、冷房の効いた図書室に歩いていった。