『暴かれた万葉』 16
本多の連絡を受けたK署の捜査本部は、即刻消防団の手も借り、
麻倉勉の行方を追って、近くの山林、岸壁、河川等を探索したが、
結局見付からなかった。
市外に出ている可能性もあるとして、麻倉家から借りた写真を元に
作った顔写真を近隣の警察にも配布し協力を求めた。
後は、結果待ちである。
一方、父親の遺言に従い、由香里は「上総八景」なるものの謎の
解明について本多の協力を求めて来た。
父親が解明出来なかったとあれば、自分達母子が所詮手に負える
代物ではない事を充分承知しているらしい。
同時に、由香里の様子から、自分を憎からず思って呉れている上での
依頼とも取れた。
自分だけの気のせいかも知れぬが。
本多は由香里から実物の「上総八景」なるものを見せて貰った。
八枚組みの墨による風景画で、それぞれに四乃至五の文字が書き込まれている。
馬来田落雁
畔戸帰帆
人見晴嵐
久留里暮雪
鏡峰秋月
木更津夜雨
鹿野晩鐘
吾妻夕照
文字だけを手帳に写し取りながら、大木老人の顔を思い浮かべた。
矢張り、あの物知り老人の手を借りねば。
「ところで、由香里さん、あの「馬霊鎮め」の神事の謂(いわ)れについて、お父さんから
何か聞いた事はありませんか、その意味合いとか?」
「お母さんは如何ですか?」
二人共首を横に振るだけだった。
そうか、何も聞かされていないか。
続
作品名:『暴かれた万葉』 16 作家名:南 総太郎