『暴かれた万葉』 14
大木宅への電話で、老人の体調が芳しくない事を知った。
高齢ゆえ、いつ何時、何が起きるか分からない。
本多は焦りを覚えた。
麻倉殺害の事件解明は、歌碑が絡んでいるとの前提だからこそ、
これまで、大木老人の深い知識を借りて調査を進めて来た。
しかし、まだ犯人の輪郭すらも掴めていない現状である。
この侭では、「お宮入り」にもなりかねない。
まだまだ、今後も引き続き老人の応援を得なくては一歩も進まないと思う。
本多は果物籠を抱え、大木宅へ車を飛ばした。
幸い、布団の上に身体を起こしている大木老人と会話が出来た。
若干風邪気味だが、肺炎を起こしては居らぬゆえ、ニ、三日安静にして
居れば直るとの医者の診断だったと聞いて本多はホッとした。
「大木さん、先日偶々「馬霊鎮め」の練習を見学させて貰ったのですが、
あれはどう考えても妙ですね。大体、馬の霊を慰めるにしては一寸大袈裟
過ぎると思います。それに、馬を食うのが怪物などではなく、あれは人間
そのものじゃないですか。赤くて怖そうな大きな顔ですが、全く人間ですよ、
あれは。私なりに考えたのですが、あの神事の意味するものは、馬の名が
付いた人間を、誰かが殺したので、その霊を鎮めると言うものじゃないでしょうか。
それに、あの馬を食う役の衣装も尋常じゃないですね。あれは、どう見ても
貴人の服装ですよ。これらの意味するものは何でしょうね?」
「ほほう、なかなか考えたね。わしは、これまであの神事には余り関心を払わなかったが、
言われて見れば、確かにおかしいな。只の奇祭じゃなく、意味深いものがありそうじゃ。
考えられるのは、馬来田つまり、馬来田国造だが、国造が殺されたと言う話は聞いた
事がない。あの神事は、1,300年の歴史を持つと聞くが、それは壬申の乱以来
と言う事になるな。つまり、壬申の乱当時、馬の字の付く名前の人間が殺されたと
言う事になろうが、聞いた事がないな」
老人は腕組みをして考え込む。
「分かりました。大木さんもご存じないとなれば、後は春豊神社に聞くしかないですね」
「そうしてみて呉れ。何か分かったら連絡してくれ」
老人も、かなりその気になっている様子である。
続
作品名:『暴かれた万葉』 14 作家名:南 総太郎