『暴かれた万葉』 11
その夜、本多は春豊神社を訪れた。
昼でも薄暗い境内は、夜ともなると真っ暗で、母屋から洩れる
僅かな明かりを頼りに辛うじて石畳が認識出来た。
玄関の戸を開けながら、
「今晩は」
と声を掛けると、
「はーい」
若い女の声が返って来た。
間もなく姿を現した相手を見て、本多は息を呑んだ。
みずらを結った髪型に、華やかな色の衣(きぬ)と裳(も)を纏った姿は、
時代を超えて飛鳥の時代からワープして来たかの観がある。
もっとも、これほどの美形なら、どんな衣装でも映えるだろうが。
胸の高鳴りを覚えながら、
「K署の本多ですが、夜分お邪魔して済みません」
「どうぞ、お上がり下さい」
笑顔で、そう言うと本多を応接間に招じ入れた。
「その衣装は?」
「これですか、これは馬霊鎮(またましず)めの神事の服装です。今年も
その季節になって来ましたので、練習をしている処なんです」
「馬霊鎮めですか?」
「はい、世間では奇祭とか言っておりますが、うちでは千三百年の歴史を
持つ大切な神事なんです」
「そうですか。ところで、例の歌碑に置いてあった花ですが、あなたですか?」
「はい、わたしがあげたのです」
「亡くなられた麻倉さんとはお知り合いですか?」
「いいえ、知り合いではありません。ただ、この辺では珍しいうちと同じ麻倉の
姓だと言う事を報道で知って、なんとなく、そんな気分になりお花を供えたんです」
「ああ、そう言う事だったんですか。あの人は、全く身寄りが無い様で、この侭では、
無縁墓地行きでしょう」
「お気の毒に」
「ところで、おたくはご両親とあなたと三人家族ですか?」
「あら、戸籍調査ですか、はい、三人だけです」
「いや、どうも。じゃ、これで。夜分どうも済みませんでした」
「あら、もうお帰りですか、お茶も出しませんで失礼しました」
「いえいえ」
玄関を出ると、本多は一人頷くのだった。
(彼女は、あの美形にも拘わらず、未だ独身らしい)
本多は、その奇祭とやらを見に来る気持ちになっていた。
続
作品名:『暴かれた万葉』 11 作家名:南 総太郎