掌編集【Silver Bullet】
十二月二十四日、未明。所時間変わって次の日、件の集落前。やっぱりただの集落にしか見えないが、こういった所だからこそカモフラージュには丁度いいのだとか。いっそどこかの大学の研究室でも使った方がいいんじゃないかとは思うが、曰く、「大学の研究室じゃあ管理が厳しくて麻薬の精製なんてできやしない」とかなんとか。
ジャンパーの下に防弾チョッキを着せられ、リュックサックは手榴弾、スタングレネード、そして大量の鉛弾でずっしりと重い。
……こんな重いリュックサックは、生まれて初めてだ。本当に、色んな意味で重い。
「バイトさんバイトさん」
たださんが声を掛けてくる。
「これ、お守りね」
そう言って、たださんは私に拳銃を一つ渡す。
「その拳銃の中にはね、銀の弾丸が入っているんだ」
銀の弾丸。銀には魔除けの効果があると言われている。それは、銀の硫黄等の毒物に反応して色を変えるところから来ているという。そして、その銀によって作られた弾丸は狼男や吸血鬼等の魔物を祓うという言い伝えがある。拳銃にはイミテーションが施されており、拳銃そのものもお守りの類のようだ。
拳銃を懐にしまう。弾除けのお守りになればいいな。
「……それじゃー、まるにーいちよん、じょうきょーかいしー」
妹さんの掛け声とともに、まず手始めに目の前の柵が吹き飛んだ。
「ハンドグレネード、くせになりそう」
さわっち、帰ってきて……。
その柵が吹き飛ぶ爆音ととともに集落は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。
どこの組のもんじゃぁあっ! チャカとハッパ持って来いっ!! 飛び交う怒号。いやぁぁぁあっ! できれば聞きたくなかった類の怒号だ。
妹ちゃんとたださんは両手に持った機関銃を掃射しながら前へ前へと進んでいく。その後ろからさわっちが障害物をハングレで吹き飛ばしていく。機関銃を嫌って壁に隠れている奴をハングレで壁ごと吹き飛ばし、姿を現した奴らの悉くは機関銃の餌食となる。
「スタグレよろしくー」
そして、手榴弾やらスタングレネードを投げたり、装填済みマガジンを渡すのは私の役目だ。
スタングレネードは大量に姿を現した奴らの目を眩ませ、それらを機関銃が排除する。
「こんばんわぁーっ! 弾丸の配達に参りましたぁっ!」
配達方法は火薬による射出。受け取り方法は生死を問わない。趣味の悪い冗談だ。
硝煙と血煙と炎の臭いとで集落は異様な空気に包まれる。
その掃討劇は三十分に渡り行われた。この日本に置いて機関銃というのは余分な物だ。機関銃は根本的には戦争の道具である為、ヤクザの抗争レベルでは機関銃を使うというのは稀。機関銃を扱うのはこのような殲滅戦ぐらいだ。そして、そのような殲滅戦を行うということは、警察に目を付けられるということ。
彼らは自分らを桜田門組に顔が利くヤクザだと言った。要は、警察のお目こぼしを預かれる身分だということだ。半ば公然的にこのような重火器を扱えるのは彼らのような身分ぐらいなのだろう。
そうやってどんどん奥へと進んでいく。あらかた人の姿がなくなった頃には、集落の最奥まで辿り着いていた。
集落の最奥には民家一つあった。民家の家主は言った。
『流石に検体の保管場所までは知らないよ。それより、そろそろ出て行ってくれ。せっかく静かな夜なのに……仕事の邪魔だよ』
そう言って、民家の家主――玉兎研主任、佐藤はイヤフォンをはめ直したのだった。
「まずったなー。会話が通じる相手を、一人ぐらい生かしておけばよかったねー」
妹さんは笑顔でその年頃の女の子はまず言わなさそうな台詞を吐いた。
「まあ、虱潰しに探していけば、死体の廃棄場所ぐらい見つかるだろ」
「不吉なことを言わないで欲しい」
それって暗にあいつが死んでいると言わんばかりじゃないか。
「でも、あの人、あのままでよかったの?」
それは、私も思ったことだ。一応は諸悪の根源とも言える。あのまま放っておくのも問題なのではないだろうかと、思わないでもない。
「まあ、いいでしょ。生かしといて害になるでもなし。そのうちウチの組のモンが取り押さえるだろうよ」
もう誤魔化す気がないのだろう。もうあのバイト先辞めようかな、頭の上がヤクザの事務所とか生きた心地がしない。
「そうだねー。まあ、放っておいても後ろから撃たれることはないだろうしねぇ」
そしてこの妹さんも大概歳不相応の台詞を吐くのだった。
研究室の裏手の林を探る。すると、小さな小屋とその前に大きな堀が成されていた。その堀は小屋の横に鎮座している建機によって掘られたものだろう。
嫌な予感がする。その堀の中は不味い。あまり見たくないものがその中にはある筈だ。
果たして、その予想は的中する。
「だから、不吉なことを言わないで欲しいって言ったのに」
それは人の池だった。多分全部死体だ。下の土が見えなくなってしまっている。
「全部、死体?」
「そうだね、全部死体だよ」
ふと、誰の物でもない声が聞こえた。だが、聞き覚えのある声でもあった。
その声とともに、首根っこを掴まれる。
「刑事、さん?」
「どうも、あの時の刑事もどきです」
そいつは、私がお見舞いの際に声を掛けてきた自称警察官だった。
「派手にやってくれちゃったねぇ。全く、君には秋口の売人検挙の際も迷惑を掛けられたよ」
「あはは、なんのことやら」
そんなことを言われても、普通そうするし。売人の教育とか情報統制とか、ズサン過ぎんだよ。お前の組は。
「お前、何者なのさ?」
さわっちはそう問い掛ける。
「俺? 俺っちはこの研究所で作られた薬を売り捌く売人の元締めさ。この子にはね、秋口にその売人の一人を潰されてね。前々から目を付けてたのさ」
不運だ。これはもう、不運以外の何物でもない。
「まあ、このまま静かに生きてくれるようだったら見逃したけど、今日のこのザマよ。こりゃもう、落とし前付けるしかないよね? どうせおじさんは死ぬのは確定だし、ここで死のうが生き残ろうが関係ないのよ。おじさんも落とし前つけるから、君も付けないと」
そう言って、男は私の懐に差してある拳銃に目を付ける。
「こりゃ趣味のいい拳銃だな。貰っとくよ」
そう言って、男はその拳銃を抜いて、私に突きつける。
「チョッキ着てても、この距離から撃たれたら死ぬよ。俺、上手いのよ、結構な人数撃ってるからね。人が死ぬ距離ってのは大体心得ていんの。この口径なら、この距離で十分さね」
それはあまり知りたくない類の豆知識だ。
「この辺でもういいだろう。銃を構え続けるにはおじさんはもう歳だ。腕が疲れてきたよ」
「もうちょいがんばらない?」
「おじさんに無理させんじゃないよ、若いんだから、諦める時はすぱっと諦めな」
――銃声が夜空を切り裂いた。
作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中