掌編集【Silver Bullet】
私は近場のコンビニにてアルバイトをしている。その日、私は、結局上手く焼けなかったせんべいを放り投げて、仕事先に向かった。雨は強まりながらもだらだらと振り続ける。こういう日はあまり外には出たくないのだが、仕事なので仕方が無い。
そのコンビニはテナントビルの一階に位置しており、上には怪しげな団体の事務所があるためか、変な人間がよく来る。その割にはこの辺は人通りが少なく、夜も更けてくると完全に客足は途絶える。来るとしたら上の事務所の関係者ぐらいだ。そのため、やっておくべき仕事も片付いてしまい、レジ番を一人立たせて後は裏でサボる、というのがこのコンビニの夜のシフトメンバーの仕事っぷりだ。
雨はまだ止む気配を見せない。なお強くなる雨音に、先輩はうんざりとした顔を見せている。
その先輩がバックヤードでサボっている頃だった。一人の女性客が現われた。大きなバックを片手に、びしょびしょに濡れた髪の毛をタオルで拭っている。タオルはその大きなバッグの中から取り出したもので、タオルは乾いたままだった。バッグは水滴を弾いており、きっと防水性なのだろう。
女は黙ったまま、店内を歩き回り、菓子類を物色する。
その女性客は菓子ばかり、籠一つ満杯になるほどのお菓子を買い込むとそれらお菓子の数々を大きなバッグの中に入れていく。
「ご一緒に、傘はいかがなさいますか?」
その異様な雰囲気に、思わずそう口を聞いてしまった。
しまったと思った。これじゃあまるで押し売りの類だ。しかし、出した言葉を引っ込めることはできない。長い沈黙が店内に流れる。
「願掛け、なんです」
すると、意外な言葉が返ってきた。「結構です」、でもなく、「いらないです」、でもない。
「それってアレですよね、何か願い事が叶うまで、何か好きなモノを絶ったり」
「ええ。私の場合、雨の日に傘をささずに歩くことが、一種の願掛けなんです。だから、傘はいらないです」
そう言うと、女はレジを離れる。
「でも、ありがとうございます。心配してくれるって、嬉しいことですよね」
その言葉を残し、女は店を後にする。
ふと思い出したように先輩がバックヤードから姿を現した。どうやらレジ番を交代するつもりらしい。
「ああ、アレね。この辺で有名な雨女なのよ」
「雨女?」
「そうそう。雨の日に傘もささずに歩き回る女っていう、まさに歩く都市伝説」
都市伝説なのに実在している。よく考えなくてもおかしい話だ。
「あの女な、子供が行方不明になっているのよ。神隠しって奴。子供がいなくなった日が雨の降っている日だったから、あの女はこうして雨の日に子供を捜して歩き回っているんだよ」
「それが何で都市伝説になるんですか」
それじゃあただの悲劇だ。友人曰く、都市伝説ってのは怪奇譚でなければならないらしい。それも、実在するのかあやふやな怪奇譚。それが都市伝説の骨子になければならない。例えば鎌を持った口の裂けた女とか、病院地下のホルマリンプールとか、そういったあるのかないのか分からないモノを都市伝説と呼び、紙幣を折るとピラミッドになるとか数字を当てはめていくと特定の日にちを指すとか、そういうのは陰謀論だって言ってんだろ、といつも口を酸っぱくして言っている。……正直、どちらでもいい話だ。
「いやね、女は雨の日にいつもあの大きなバッグを持っているんだけど、その中には何が入っているのか、ってのが話のミソだったんだよ。曰く、白骨化した子供の死体だとか、むしろ何も入ってなくて、子供を見つけたらバッグに詰めるつもりだ、とかそんな話が実しやかに囁かれていたわけ」
だから歩く都市伝説というわけか。正確には『だった』を付けるべきか。
「だけど、今日何となく分かったよ。あん中には大量のお菓子が入ってたわけか」
この都市伝説の肝は、バッグの中身。それが今確認されてしまったが故に、この都市伝説はその意義を失い、ただの事実に成り下がってしまった。故に、この都市伝説は終わってしまった都市伝説なのだ。
しかし、何故お菓子をあんなに……。
「さておき、レジ交代だ。倉庫でサボって来ていいぞ」
「あ、はい」
私は倉庫に潜りながら思う。丁度いい。どうせだから、とことん雨女の気持ちになってみよう、と。
作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中