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掌編集【Silver Bullet】

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序/キハ四十系ボックスシート




 少し前の出来事だ。どれほど前のことであるかは覚えていない。今年のことだったか、それともそれより前か。もしかしたら記憶に齟齬があるかもしれないが、ただ暖かな春の日だったことは確かだ。
 場面は、田舎町を走るJR線のボックスシート車両である。その日は確か休日だった。もしかしたら祝日だったかもしれない。とにかく、一般的には休みとなっている日だった。その日はうららかな陽気の所為か、花見やピクニック、行楽代わりに南側の商業区へと向かう人たちで、ロングシート席が埋まってしまう程度に、その列車の中は盛況であった。
 私はその日、確か商業区へと買い物に出かけていたのだった。商業区へと向かうキハ四十系ボックスシート席に相席となった、ある少年少女の話だ。
 ――この話は、雨女から始まりヤクザの抗争へと帰結した物語の、序章に値するものである。

 日本人が過ごしやすい季節というのは、春ではなく秋らしい。というのも、夏と冬は言わずもがな、春はスギ花粉によって大多数の人間が花粉症に悩まされる。よって、消去法で秋が過ごしやすい季節となるらしい。
 しかしまあ、私は花粉症を患っている訳でもなく、ついでに秋の涼風はあまり私の肌には馴染まない為か、周りがずるずると鼻をすすって苦しんでいる間、私は涼しい顔、もとい暖かい顔をしてこの季節を満喫している訳である。
 それでも、春という季節は人を動かすものらしい。今日のような陽気になると、人も外に出かけたいと思ってしまうものらしく、私がいつも利用しているJR線はいつもより少しばかり乗車率が高めに感じられた。なんせロングシートは全て埋まっているし、大体のボックスシートには誰かが座っている。そんな中、二人の男女が他の客に紛れて乗車してきた。
 いや、男女というには幼すぎる。かといって、兄弟というには彼らは仲睦まじく、また顔立ちもそれほど似ているものではなかった。まあ、兄弟とは言え、男女ではそれほど似た顔付きになることは稀だし、その違和感は私の気のせいだったのかも知れない。
 彼らはちらちらと車内を見回し、自分らが座れそうな席がないことを確かめる。そしてその視線は最後、私が座っているボックス席へと移る。私が座っているボックス席には、私以外の客はいなかった。それ故か、彼らは私が座っている席へとてくてくと歩み寄ってきた。
「あの、相席いいですか?」
 男の子の方がそう私に問いを投げかけた。別段断る理由はなかったので、そのまま承諾した。
 それにしても丁寧な子だ。確認しないで座ってしまうのが普通だ。少なくとも、この街の路線では大体みんな確認などしない。
 桜の花びらを散らしながら、列車は走り抜ける。
 窓から入ってきた花びらが、窓際に座っていた女の子の頭に乗る。その花びらを、取ってあげる男の子。……なんというか、凄く絵になる光景だ。思わず、『このリア充が……』と心の中で毒づくのを忘れてしまったぐらいだ。
 ふと、私の視線を感じたのか、女の子が目をこちらへと向ける。眠たげな目であるが、その瞳を覗いているとまるで深海に叩き込まれたような気分になった。きっとそれは彼女の視線がとても重たげで、瞳の色も黒曜石のように深い色合いをしていたからだろう。
 つい見惚れてしまったが、あまり見ているのも失礼だからと視線を外そうとした時だった。女の子がこう囁きかけた。
「厄難の相が出ておるよ……」
 まるで、老女のような口調で、その少女は私に語りかけた。
「やくなん?」
「厄年のやくに、難しいのなん。厄難の相だよ」
 一瞬男の子が慌てたような顔をしたが、諦めたのか半ば呆れたかのように頭を抱えた。
「あのですね、この子、悪いことが起きる時、それを予言しちゃうというか、占い師みたいなことができるんですよ」
 あんまり占いとか信じる方ではないのだが。それに、急にそんなことを言われても、まるで詐欺の常套句を告げているようにしか見えない。
「何、詐欺の類じゃないし、お金も目的じゃないよ。ただ単に気になったから口にしただけだよ」
 え、あ? この子、まるで私の心を読んだかのような発言をしなかったか?
 いや、気のせいだろう。思ったことが顔に出てしまっただけだ。
「えーっと、こういう時どうすればいいの?」
 だからといって、困惑が消え去るかというと逆に深まるばかりだった。
「なんというか、参考程度に聞いてあげてください」
 まあ、占いとかはそんなものか。私はとりあえずは聞く体制に入る。
「そうだね、いつ厄が降りかかるかまでは分からないけれど、立て続けて奇妙なことが起きる。そして、それらは厄に繋がる。年末に注意しんさい」
 アバウトだなぁ。まあ、奇妙なことが多く起こったら気をつけろということか。
「回避するには、魔を祓うモノを持っておくと良いだろうね」
 お守りの類だろうか。うーん、このままお守りを買わされるというパターンじゃないだろうか。
「大丈夫、大丈夫。のーまねーのーらいふだよ」
 用法も文脈も致命的なまでに間違っている。
「胡散臭いかもしれないけれど、信じてあげてください。と言っても、かなり曖昧なところが多いからなんとも言えないでしょうが……」
 男の子が何とかフォローしようとするが、胡散臭さは抜けない。
 試しに、こう問い掛けてみよう。
「君らは一体なんなんだい?」
「そうだね、魔女とでも名乗っておくかの?」
 男の子の方は、少し困った表情を浮かべた。確かに、それでは胡散臭さが増すばかりだ。
 程なくして、彼らは下車した。そこは確か、私のバイト先の近くだ。電車で行くにしては近すぎる距離だが、歩くには遠すぎるという半端な区間だった。
 さて、この予言は結局長らく忘れられていて、思い出したのは皮肉にも全ての事件が幕を閉じて友人のMと共に釜飯を食べている頃であった。

作品名:掌編集【Silver Bullet】 作家名:最中の中