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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『暴かれた万葉』  9

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『暴かれた万葉』 9

本郡XX村白山神社の背後に前方後円の一大古墳あり。

丸山古墳と称す。

高さは五間許はあるべし周廻は百三十間余ありと聞けと

実測せされは其の確かなるを知り難し頂上に楕円形の窪き

所あり古木及巨竹鬱蒼と生ひ茂り全墳を覆う其の付近には

陪塚と覚しきもの五六散点せるを見る此の古墳には古より周囲

に行馬を設けて人の入るを禁じたりしが維新後自ら廃絶の姿

となり、今は七五三縄を墳上に張れるのみなり然れども一たび

域内に至れば粛然として襟を正ふし自ら敬虔の情を起さしむる

ものあり。里人相伝へて云う此の大古墳は弘文天皇の御稜なりと

その北方直下に白山神社ありて弘文天皇を祭る社伝に云う

天武天皇十三年乙酉九月勅使下向ありて社殿を造営し天皇を

祀り田原神と称せられ元慶八年甲辰七月十五日従五位下を

授けらると。この大古墳と白山神社に関する口碑伝説は頗る多し。

大古墳の背面に方りて館の峯或は王の谷といふ所ありまた其の南方

に中止と唱ふる所に大小の古墳数基あり。皆弘文天皇に関係ある

地なりと伝ふ。

大古墳の近傍に壬申山といふ地あり弘文天皇の元年壬申に因みて

名づけられしといふ。

XX村に瓢形の古墳あり里伝に弘文天皇の母伊賀采女宅子娘の墳墓

なりといふ。

同地蔵堂の境内に七人衆の古墳といへるあり伝へて弘文天皇侍臣の

墳墓となす。

XX村に十二所神社あり里伝にいふ弘文天皇の小川御所の陥るや女官

十二人逃れて此地に至りて自尽すよりて之れ葬る

XX村に瓢形の古墳あり伝へいふ弘文天皇の妃耳面刀自の遺骸を葬り

し所なりと。

XX村一小流あり之れを小川また御腹川と称す其の近くに遣水山といふ

あり此の地を小川御所と称し弘文天皇の行宮のありし所と伝ふ。

其の他、御厩谷、使者谷、日出沢、御所塚、王御所台、王守川、

叶谷、飯籠塚、笠塚、修行坂、字坪山、三本松、谷向、御旗、

王旗身避籠山、等ありいずれも天皇に関する伝説を有す。

白山神社縁起考といへるあり。

里民の口碑と古老の遺説とを採り集めたるよしなればこれによりて

弘文天皇に関する此の地方の口碑伝説の梗概を知るを得べければ

其の大意を抄録すべし。

大友天皇のはじめて御世知し召し給ひし年の五月の末つ頃御伯父に

当らせ給ふ大海人皇子軍勢を催し給ひ近江の朝廷へ向ひ戦を挑み給ふ

官軍これに応じて戦ひしが、戦ふ毎に利を失ひ戦捷の望絶えたりしかば

蘇我の臣某「御太刀」及び御衣を賜り天皇に擬し軍勢を督して戦ふ。

其隙に天皇は侍臣と共に夜にまぎれ志賀の都を落ちさせ給ひ間道をたどり

たどりて遠江に出て、ここより船に乗し上総の国に着かせ給ひ遣水と称ふる

地を行宮となし給ふ然るに幾程もなくして天皇東国へ落ちさせ給ひしよし

都へ聞へければやがて追討の軍は東に向ひぬ天皇防御に努め給ひしかと

敵勢盛んにして防ぐべくもあらず遂に御自害あらせられぬ時人御稜を営む

今の丸山大古墳これなり其後天武天皇の十三年勅使下向し御稜の近くに

天皇を祀れり白山神社即ちこれなりといふ。


            続