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ラストショット

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土曜日の午前1時半。

九州一の歓楽街、中州。
対岸にある西中州のJack Potのカウンターで、北野は一人、バーボンをロックで飲んでいる。
肩越しの窓に、ネオンが川面に映る。
私が一番好きな光景だ。

「ごめんなさい。待った?」そう言いながら北野の横に座る。
「‐‐‐いや。10分位かな?まだ1杯目だよ。」北野がマルボロのメンソールを咥える。
火を点ける私。

私、紗枝は中州のクラブ・チェリーのホステス。
北野は私の客だ。
次の誕生日で50歳を迎える、と言っていた彼は、大手広告会社の九州支社次長。
単身赴任で福岡に来て、もうすぐ1年になる。

北野との出会いは、良く覚えていない。
恐らく、彼の歓迎会か何かで、誰かに連れられて、店に来たのだろう。
支店経済の代表といわれる福岡は、とにかく歓送迎会が年中行事だ。

その1ヶ月後、北野は一人で店に来て、私を指名した。
最初に来た時にフィーリングが合った、と彼は言う。
私はあまり覚えていなかった。
実際、その日、じっくりと話してみると、彼の言う通り、嗜好性が近い事が判った。
映画、作家、旅行、料理‐‐‐35歳にして、一番感覚の合う異性に出会ったと思った。

以来、彼は、月に2~3度のペースで、店に来る。
クライアントを連れてくる事もあれば、部下を連れてくる事もあるが、月に1回は必ず一人。
いつの間にか、彼が一人で来る日を心待ちにする様になった私。

「‐‐‐何考えてるの?‐‐‐」北野が私に問う。
「ふふっ。北野さんと初めて会った頃を思い出したの。‐‐‐でも、月イチペースで一人で来る様になったのに、なかなか誘ってくれなかった。どうして?」私が北野の顔を覗き込む。
「‐‐‐そうだっけ?‐‐‐」惚ける北野。今日は、心なしか、バーボンを飲むペースがゆったりめだ。

初めて店の外で会ったのは、北野と出会ってから半年程経ってから。
寒さがしみる季節になった頃、北野からメールが来た。「もつ鍋食わない?」
初めての同伴の誘いがもつ鍋?なんで???
食べながら問う私に、「鍋って、安らげる相手としか食えないだろ?」とつぶやく北野。

本当にこの人は私と感性が同じだ!
そう思った時から、彼は私にとって特別な存在になった。

あれから半年。
アフターは2回目。その他に同伴が2回あったけど、接待のツマだったので、デートと言えるのは今日で3回目だ。
最初のアフターは、カラオケボックスで5時まで歌いまくった。
北野は歌が上手い。広告会社の営業だけあって、演歌からポップスまで、何でもこなせる。
でも、彼曰く、本当に好きなのはロック。80年代のハード系が好きなところも私と一緒だ。

しかし、北野はまだ私を口説かない。
私も簡単には口説かれまい、と思っている。

中州の女は、実は結構身持ちが固い。
OLの給料じゃやっていけないからホステスになる娘も多く、自宅から通っている娘も珍しくない。
私自身、宮崎から短大進学で福岡に来て、3年程OLをした挙句、今の仕事に就いた。
35年も生きてりゃ、恋愛もいくつかしたが、お客とはそうならない様、意識して来た。
深みに嵌るのが怖いのだ。

ホンネを言えば、素敵だな、と感じる男は妻子持ちばかり。
独身の同世代は子供に見えて仕方ない。

「‐‐‐今日はピッチが速くない?‐‐‐」3杯目のワインを空けた私を気遣う北野。
2杯目のバーボンがまだ半分位残っている。
「今日は酔いたい気分なの。‐‐‐北野さん、やっと誘ってくれたから‐‐‐」
4杯目のワインを北野のクラスに合わせる私。
「‐‐‐今日に、乾杯!」
「?何かの記念日かい?」
「‐‐‐うふふっ!ヒ・ミ・ツ!」
そう、今日は、思い切り酔って、北野に抱かれたい、と思っている。

ホステスという仕事柄、沢山飲んでいる様に思われがちだが、実は大して飲んでいない。
私の場合、実際の飲酒量は、ビールの小瓶2本、ウィスキーの水割り3杯程度だと思う。
何しろサービス業なので、お客に飲ませるのが仕事だ。

だから、店が終わると急ピッチで飲む。
開放感を酔いで包みたいから。
私は、酔うと無性に肌さみしくなる。今日も段々と‐‐‐‐。

「‐‐‐北野さん‐‐‐」
「マスター、お勘定!」私の問いかけとシンクロする様に、北野が言う。
「やだ!もう帰るの?もっと飲みたいよ!」北野の右腕を抱きかかえ、愚図る私。
「飲み過ぎだよ。こんなに酔って‐‐‐」ピンク色に染まった私の頬を北野の左手が撫でる。

私の全身が潤んで来たのが判る。
やばい、理性のリミッターが外れそうだ!

「‐‐‐じゃあ、もう一杯だけ‐‐‐。オネガイ‐‐‐」北野の肩にもたれて、甘える私。
「‐‐‐しょうがないな‐‐‐。マスター、ラスト・ショットお願い!」

北野のラスト・ショットはモスコミュールが定番。
口の中がリセットされるのが好きだ、と口癖の様に言う。


午前3時。
アクロスの前を北野と歩く。
市役所の前、立ち止まる私。
スケボーを練習している若者達の視線を感じながら、思い切り北野に抱きつく。
「‐‐‐好き‐‐‐」北野の耳元で喘ぐ私。

ラスト・ショットを飲んで、私の理性のリミッターは完全に外れた。



「‐‐‐送ろう。タクシー!」私の身体を離しながら、北野が手を上げる。
「えっ?」戸惑う私。「‐‐‐帰るの?‐‐‐」
「もう遅いよ。明日ゴルフなんだ。」

赤坂の私のマンション前。
大濠公園に住む北野は、タクシーの中から、「紗枝ちゃん、楽しかったよ。おやすみ!またね!」と手を振る。
「‐‐‐お休みなさい。‐‐‐‐ご馳走様でした‐‐‐。」ぎこちなく手を振る私に気づくことなく、北野を乗せたタクシーが遠ざかる。

‐‐‐私、魅力ないのかな?‐‐‐‐
マンションの前で、立ちすくんでいると、自然に泣けて来た。
もう、性欲も何も消え去っている。


紗枝と別れた北野。
実は彼のリミッターも外れていたのだ。

‐‐‐今日こそ‐‐‐‐口説くつもりだった‐‐‐紗枝も‐‐‐その気になって来たのに‐‐‐‐眠い!‐‐‐‐今日は6時半から接待で、ビールに、焼酎に、日本酒に、ウィスキーに‐‐‐飲み過ぎだ!‐‐‐‐ラスト・ショットの手前で止めていれば‐‐‐だからゆっくり飲んでたのに‐‐‐ラスト・ショットが眠気のリミッターを弾き飛ばした!‐‐‐もう、紗枝が何をしても‐‐‐なにも感じない‐‐‐ただひたすら眠い‐‐‐‐眠い‐‐‐‐眠‐‐‐
作品名:ラストショット 作家名:RSNA