『暴かれた万葉』 5
春豊神社は坂道を上った処の鬱蒼とした杉林の中にある。
かなり広い境内の一隅に小さな祠が幾つも建っている。
眼下には見渡す限り一面の田圃が広がっているが、この神社も
田圃も共に悠久の歴史を見守って来たことであろう。
本多は門前で車を降り、石畳伝いに社務所らしき建物に向かった。
ガラス戸を開けたが、人の気配は無かった。
それじゃと、母屋の玄関の方を向いた時、玄関の戸が開き中年の
女が出て来た。
「あの、一寸お尋ねしますが、あっ、そうそう、私、K署の本多と言います。
こちらには巫女さんはいらっしゃいますか?」
「巫女ですか? うちには巫女は居りませんが」
「いらっしゃらない? それじゃ、巫女さんではなく、若い女性は?」
「娘のことですか? 何か有ったのですか?」
「いえ、一寸お聞きしたいことがありまして」
「どんな事ですか?」
「大した事じゃないんですが、 ご本人に直接お聞きしたいので。ご在宅ですか?」
「今は、居りません」
「ああ、外出中ですか?」
「お勤めです」
「ああ、成る程。お勤め先は市内ですか、それとも」
「東京です」
「そうですか。それじゃ、夜にでもお邪魔させて貰います。いつもご帰宅は何時頃ですか?」
「七時です」
「判りました。それじゃ、これで」
怪訝そうな表情の女に一礼して、本多は車に向かった。
煙草に火を着けると、考え込んだ。
本事件の目下のヒントは、あの歌碑と花束の若い女である。
刻まれた和歌の内容は、説明を受けたので理解はしているが、誰か専門家にでも
もっと詳しく解説して貰ったら、何か新しいヒントが生まれて来るのではなかろうか。
国語の先生なら、市内の高校あたりにでも居るだろう。
或いは、市役所の担当課にでも聞けば、郷土史の研究家などを紹介して貰えるかも知れない。
早速、市役所に電話した。
その結果、以前、市史の編纂に当たった一人の郷土史家の自宅を教えて呉れた。
十分後には、街外れの、一見豪農と思しき屋敷の前に到着した。
市の職員から電話があったと見え、今時珍しい長い顎鬚を蓄えた、かなりの老人が濡れ縁で
待っていて呉れた。
挨拶を済ませ、早速本題に入った。
老人は、しわがれた声でこう言った。
「歌は時に二様、三様の解釈が可能な場合があるんじゃ。あれなどは、問題の万葉和歌じゃ」
続
作品名:『暴かれた万葉』 5 作家名:南 総太郎